慰める~その先

台風一過で、今日も猛暑の1日でした。


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さてこの8月、今年もあの戦争にまつわる番組や映画を観賞しました。

その中で、30数年ぶりに観た「ビルマの竪琴」にいろいろ思い、感じました。

敗戦直後、目の当たりにした放置されたままの戦友たちの遺体を葬るため帰国せず現地に残る兵士のお話です。

その想い、行動はとても尊いことで、なかなかできることではありません。

ただ、仏教とはそこが入口であってその先がなかなか思い至りません。

人の死は悲しく辛い、何かしてあげたい、それが一般的に言う供養であり、慰霊なのかもしれません。

でも、故人は死をもって仏さんと成り、必ず死ぬいのちを生かされてあるわが身を教えてくださいます。

いのちを亡くした仏さんが、まだいのちある我々にいつ尽きるかわからぬ今を生かされてあるんですよ、と呼びかけてくださっています。

しかし、そのことに気づかず、亡き方に何かをしてあげられて良かった~で終わってしまうことがほとんどです。

乱暴な言い方をすれば、それは自己満足にすぎません。

仏さんの教えを聴き、自分を、ご縁あるすべての人をいきるいのちの存在に気づき、そのいのち尽きるその瞬間まで精一杯大事に生きる生き方をしていくことが、亡き方の願いに応える=供養ということでないかと思います。

朝な夕なにお内仏に手を合わすたびに、無数のご先祖方が教えてくださる呼びかけにどうぞ耳を傾けていただきたいものです。

世の中安穏なれ。

合掌

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いのちについて

梅雨明け、そして猛暑の夏本番と厳しい季節となりました。

西日本豪雨、想像以上の被害に胸が痛みます。

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そして、ある大きな事件の犯人とされる人々の死刑が執行されました。

死刑の賛否がいろいろ取沙汰されていますが、何を基準に考えるか、死刑という制度そのものよりもその土壌は何かを考えることが大事かと思います。

この事件でいのちを亡くされた方のご遺族にとって、死刑は当然のことという心情は想像できますし、その立場であれば自然なことです。

しかし、考えるべきは「いのち」です。

こういう凶悪事件が起こるのも、死刑を執行するのも、この社会です。

この社会において、はたしてどれだけ「いのち」という視点、モノサシが基準になっているでしょうか。

ヘタをすれば、「自分のいのちだ、好きにして何が悪い」というような、いのち=所有物のような感覚がまかり通っています。

ひとりの人間=ひとつのいのちが生まれるには両親のいのち、その両親にもそれぞれの両親の4つのいのち、4つには8つ、16、32、64、128・・・と、途方もない数のご先祖方のいのちのバトンタッチがあってのことです。

この世に生を受けるということは、とてつもない奇跡です。

そんな尊く、大事で、とても重いいのちということを学ぶ、知る、共有する機会や場がないのが今の社会ではないかと思います。

私たち真宗門徒は、朝な夕なに自宅のお内仏にてを合わせ、そんなご先祖方に思いを馳せ、阿弥陀如来に私を生きてくれている「いのち」を照らされて生かされてあるわが身を知るご縁の生活をしてきました。

お寺というのはそのご縁をさらに広げる場、ご法事をお勤めすることはそのご縁を深めていくことです。

ただ手を合わすのではなく、ご先祖からいただくいのちの教えにしっかり耳を傾けましょう。

世の中安穏なれ。

合掌

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帰る場所

昨日、今日と所用で京都に帰っていました。


ご本山にお参り。

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御影堂に入ると、ちょうど30名ほどの団体参拝のご門徒さん方が大きな声で正信偈を唱和されていました。

その横に座っていっしょにお参りさせていただきました。

ご本山=帰依所だなぁとあらためて思いました。

京都に行ったら真宗門徒の帰る場所=ご本山にお参りしましょう。

世の中安穏なれ。

合掌

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御正忌

月曜日から京都に帰り、ご本山にお参りしてきました。


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11月28日は「御正忌(ごしょうき)」と言って、親鸞聖人のご命日です。

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11月21日から始まるご本山=東本願寺の報恩講は、この28日が最終日となり、全国から多くの御同朋・御同行が参集されます。

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御影堂には入りきらないほど多くのお参りです。

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坂東曲(ばんどうぶし)と呼ばれる、身体を大きく揺すってお勤めされる当派独特のお声明です。

「あぁ、今年も御正忌にお会いできた」と言う声も多く聞かれました。

ボクもおんなじ気持ちでお参りさせていただきました。

さて、この気持ちを忘れずに残りの報恩講、精一杯お勤めさせていただきます。

合掌

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報恩講の日々

自坊の報恩講が終わっても、各ご門徒宅への報恩講はまだまだ続きます。


長い長い秋、まっただ中です(笑)。

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今日は、役僧氏とともに郊外のT町で4軒をお勤めいたしました。

帰りに柿をたくさんいただきました。

こういう年に1度のいろいろなご縁、ありがたいものですね。

合掌

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施す心

昨日、今日と久しぶりに強い陽ざしの真夏っぽい日でした。


でも、明日からはまたグズグズした天気になるようです。

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週末のご法事を終えて迎える月曜日は、どこかホッとしていますが、ご法事をお勤めすることから感じることいろいろ。

そのひとつがお布施です。

多い少ないということではありません(苦笑)。

たとえば、お布施とともにお食事代(お斎がない場合)やお車代を添えてくださるお宅とそうでないお宅があります。

ないといけないという意味ではありませんが、やはりそのお心にありがたさを感じるのは確かです。

お布施とは施す心ですので、料金ではありません。

ですから、必然的に定価というものもありません。

だいたいの平均的な金額を出すことはできますが、仏さんとのご縁=仏縁を大事にし催す仏事へのお心に高い安いはありません。

ボクはそのお宅の仏事を精一杯お勤めさせていただきますし、そのお宅も精一杯のお心で仏事を大事にしていただきたいと思います。

顔を知る仏さんは、その先にいらっしゃる無数のご先祖への入口です。

その無数のご先祖からいただいた、気の遠くなるようなご縁による命を大事にする仏事としていただきたいものです。

合掌

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本来のお盆のために

お盆を終えて、暑さはますます強烈です。

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昨日は、墓地にてお盆の後片づけをしました。

山のようなキリコ、お仏華、お蝋燭にお線香を撤去し、軽トラックに積んでごみ処理場に運んで有料で処分してもらいます。

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ボランティアで手伝ってくださり、軽トラックを提供してくださるご門徒Nさんには本当に感謝です。

前回書いたキリコ問題ですが、ボク的には正調キリコなら仏具としてこういう苦労も付き物と思えるのですが、板型=偽キリコに関してはやはり廃止を主張したいと思います。

金沢のお盆にキリコ、これが伝統、風物詩と言うなら、まがい物を使用するのはやめませんか?

誰がお参りに来たか、とか、早く行って名前を吊るしてこよう、とかではなく、私まで命を繋げてくださったご先祖を想い、しっかりお参りする本来のお盆に戻しましょう。

合掌

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お斎(おとき)

この週末、南砺市での満中陰(49日)をお勤めしました。


読経、法話、お墓への納骨の後、井波町にてお斎(おとき)をご相伴させていただきました。

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お斎は、仏事の後にその仏事を主催したお宅が、お参りに集まってくださった方々へ設ける感謝の席です。

昔はそのお宅の仏間にご膳を並べるケースが多かったのですが、最近ではほとんど料理屋さんなどへ移動しています。

金沢市内など街中では、年々お斎そのものをしないケースが増えてきましたが、故人のこと、仏事のことなどいろいろとおしゃべりできて良いものです。

しかし、お斎があっても施主さんがすべきことは多く大変なのも確かです。

まず座配=誰がどこに座るか指示し、献杯前のご挨拶をし、お酌しながら皆さんにお礼を述べて回る、常に全体を見渡してお酒の追加、お酒を呑まない方にはお茶やジュース、また早めのご飯の手配などなど。

こちらもお斎があってもこちらの都合=午後からもご法事があるなどによって、ご相伴できないこともあり、心苦しかったりもします。

でも、大事な仏事を最後までしっかりお勤めするのは、ボクらだけでなく主催家のお心でもあります。

仏さんのご縁=仏縁、ともに大事にいただきたいものですね。

合掌

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仏事ひと口メモ~お仏飯

寺報「大慈山」に好評連載中の「仏事ひと口メモ」、こちらでもぼちぼち書いていこうかと思います。


お内仏(おないぶつ=お仏壇)にお供えするご飯、正しくは「お仏飯(おぶっぱん)」と言います。

金沢では「お仏供(おぶく)」が訛ったと思われる「おぼくさん」と呼ばれていますが、いつお供えし、いつお下げするかご存知ですか?

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お供えするのは、朝のお勤め(正式には正信偈を唱和しますが、手を合わせるだけでも良いです)の直後に、その朝の炊きたてのご飯を「仏飯器(ぶっぱんき)」に盛ってお供えします。

お勤めを終えてご本尊にお供えし、我々も阿弥陀さんとともに朝食をいただくという感じでおぼえていただけると良いかと思います。

そして、お下げするのは昼食前です。

お下げしたお仏飯、つまり阿弥陀さんからのお下がりを昼食にいただくというイメージですね。

ちなみに、お内仏の扉は朝のお勤め前に開き、就寝前に閉じます。

これらは正式な作法ですが、必ずこうしなければならないというわけではありません。

起床、就寝、食事などライフスタイルの多様化でなかなかこの通りにはできないお宅もあると思いますので、無理のない形で結構です。

ただ、正しくはこうなのだということを知っておいていただきたいものです。

合掌

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秋の京都~ご本山報恩講

この13日~18日まで金沢東別院での報恩講がお勤めされました。

別院が終わると、いよいよご本山=東本願寺で報恩講が始まります。

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例年21日からですが、今年は昨年末に終わった大修復報告法要が20日にお勤めされますので、ぜひお参りください。

詳しくは「東本願寺報恩講特設サイト」 をご覧ください。

ボクも何とか都合をつけて28日にお参りしたいと思っています。

紅葉だけでなく、親鸞さんに会いに行く、そんな秋の京都です。

合掌

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