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冷たい社会

5月ももう最終日、早いものです。

それにしても、また痛ましすぎる事件が起きました。

なぜ? どうして? そう思わずにいられません。

犠牲者の尊いいのちを想う声に、さらに痛ましさが増します。

しかしその反面、容疑者への容赦ない声も多く聞かれます。

起こした事件が許されるものではないことは当然ですが、こういう人を生み出す土壌がそこにあるように感じます。

ここ10~20年ほどの間にすっかり定着し、正義の言葉ようになった「自己責任」。

こんなに冷たい言葉はないですね。

孤独な人に声をかけてあげる優しさがなければ、心身ともに破たんし暴走する人は増える一方ではないでしょうか。

事件が起こると、その容疑者が無職という報道をよく目にします。

60代以上ならともかく、20~30代でなぜ? という疑問がつきまといます。

社会が冷たければ冷たいほど、適応できない人が増える、これじゃいけないと思っていても、自分の中でどうにもならないものが増幅し、とんでもない形で爆発してしまう。

「放っておいてくれ」という人に声をかける、それはとても勇気のいることではあります。

でも、自分を気に掛けてくれる人がいることが、その人にとって小さくとも残るはずです。

身近にいませんか? 孤独に埋もれてしまいそうになっている人。

「大丈夫? 話、聞くよ」という一言がとても大事ではないでしょうか。

「死ぬなら勝手にひとりで死ね」という声が多い冷たい社会からは、またこういう事件を起こす人を生み出します。

他人事にせず、自分の身において想像し、考えましょう。

世の中安穏なれ。

合掌

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