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思いを馳せる夏

曇天の蒸し暑い日が続き、夏の疲れに拍車がかかるような日が続きます。


今日、午前中は大雨警報が出るほどの雨が降りましたが、お昼ごろからはまた蒸し蒸しでした。

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敗戦から72年。

72年前の今ごろ、日本もヨーロッパも焼け野原とガレキの山だったであろうことに思いを馳せます。

家族を亡くし、住む家も食べ物もなく絶望に打ちひしがれた無数の人々がいたであろうと。

戦争を起こした日独の指導者たちは自殺、あるいは生き延びて東京、ニュルンベルクで裁判を受け絞首刑や無期刑に処されましたが食うに困る者はほとんどいなかったのではないか、と。

戦争を起こした政府や指導者たちを選び、支持したのは国民であるとはいえ、一般市民たちは、なぜ苦難に満ちた敗戦とその後を歩まねばならなかったのか? と考えます。

日本のある作戦を主導したある司令官は、周囲からも無謀と言われながら作戦を強行しました。

その上官たちは子飼いの部下の熱意に、というと聞こえは良いのですが、やらせてやろうと、のちに第二次世界大戦で1番無謀と言われた作戦を認可しました。

けもの道しかない高山を越え、補給もままならない進軍をさせられた一般兵士たちの多くが亡くなりました。

それも戦闘によってではなく、ほとんどが餓死や病死であり、その山道は白骨街道と呼ばれ日本兵の死体で埋まったといいます。

その司令官は作戦失敗と同時に本国に帰り、何のお咎めもなく敗戦を迎えました。

そして戦後も「私は正しかった」と主張し続け、自身の葬儀にはその旨を記した冊子まで配布したと聞きます。

あくまで一例ですが、こういう無責任極まりない者が上に立ち、一般兵士や市民が無数に亡くなったケースは大戦中いくらでもあるようです。

戦争は罪悪である。

こんな無責任極まりない人間でも、戦争さえなければ、ちょっと迷惑ながらもごく普通のおっさんだったかもしれません。

人が人でなくなるのが戦争です。

すぐ戦争とならないと思っていても、戦争へのハードルが低くなっていくような流れには疑問を持ち、慎重に考えていきたいものです。

今も日本全土で、南方の島々で、中国東北部で、ヨーロッパ各地で埋まったままの無数の戦争犠牲者に思いを馳せ、ひたすら平和を祈念します。

合掌

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