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「しつけ」とは

まだ梅雨入りはないものの、蒸し暑い曇天が多くなってきました。


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さて、子どもの「しつけ」がいろいろ話題になっています。

「しつけ」と称しての痛ましい事件が多い昨今、子を持つ親、孫を持つ祖父母だけでなく社会全体が考えるべき問題であろうと思います。

親でなければ「関係ない」と思うかもしれませんが、日常生活で子ども(未成年者)を見かけない日はほとんどないはずです。

そして、仮に一生ずっと親になることがなかったとしても、いつか自分が年老いたときの社会をつくる主役が、今の子どもたちです。

社会のマナーを守らず、逆に子どもたちに注意される大人が多い今の社会ですので、大人は大人である自覚がもっと必要かと思います。

そして、子どもに必要な「しつけ」とは、「人間社会・集団の規範、規律や礼儀作法など習慣に合った立ち振る舞い(規範の内面化)ができるように訓練すること」と定義されています。

こうしてあらためて見てみると、できてない大人の方が多いかも? と冷や汗が出ます(苦笑)。

ご法事などの場で、場をわきまえない大人が多ければ、そこにいる子どもたちもそうすることができない大人になる可能性が高くなります。

逆に、そこで「今日は大事な日だから、ちゃんと静かにお行儀よくしてようね」という「しつけ」をする大事な機会を与えられていることに、親も祖父母も気づかず、「子どもはしょうがない」と放置しているケースが多くて残念です。

「しつけ」とは、子どもがちゃんとした大人になるために必要な要素を教え、悟らせるということです。

厳しければ良いものでなく、また大人の機嫌の良し悪しで言うことが違ってはいけませんよね。

親は子を持って初めて親となるのですから、完璧である必要はありません。

ただ、自分が間違っていたら「ごめんね」と子に言える親でありたいものです。

子を持たない方は、日常生活の中できちんとした大人の言動をこころがけてください。

それをどこかで、周囲の子どもたちが見ていますから。

そういう大人と子どもの良い関係が良い社会を作っていくものです。

社会を形成するのは、政治家でもお金持ちでもありません。

その社会の構成員たるすべての人間です。

合掌

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