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8月に想う(4)

明日から8月の旧盆の入りですが、週末にはご法事やご葬儀があるため、1日早いですがお墓参りに行ってきました。


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当家のお墓は、当寺発祥の地と言われる郊外の農村にあり、稲穂が首を垂れ始めていました。

お墓には、ご先祖のお骨が入っています。

当然と思いがちですが、ひとかけらのお骨さえ帰ってこなかったケースが普通だったのが戦争の時代でした。

いくら軍神とされても、お骨が、いや、それよりも生きて帰って来てほしかったと願うのが普通ですが、その普通の声さえも発することができなかった時代だったのです。

それは、日本人だけの話ではありません。

大日本帝国という国によって侵略された土地から、戦場に兵士として、また労務者として炭鉱や工場などに駆り出された他国人が大勢いました。

たとえば、インドネシアには今でもこんな詩が語り継がれているそうです。

【ロームシャは何処へ】

「ロームシャは何処へ行ってしまったのだろう

多くの若者が駆り立てられていった

網にかかった魚のように

兵捕になったものも

ロームシャになったものも

看護婦になったものも

すべては皆おなじ

何処かへ消えてしまった(以下略)」

インドネシアでは、「ロームシャ(労務者)」という日本語が、いまでも同じ意味で使用されているといいます。

そして、駆り出された多くの若者が帰ってこなかった事実が詩となり残っているほど、その爪痕が大きく深かったことが伺えます。

隣国のように声に出して非難はしませんが、アジアの国々にはこうした爪痕は多くあることが想像できます。

日本が英米蘭などと戦ったことが、アジア諸国独立の気運を高めたといいますが、それは結果論です。

その結果論でもって、戦争にも良いところがあるというのはあまりにも短絡的であろうと思います。

ドイツが何度も戦った隣国フランスと、今はとても友好的な関係を築いているのは、加害の歴史を国を挙げて認め反省したからに他なりません。

むろん、喧嘩両成敗で、日本だけが100%悪かったのではない部分もあるかもしれません。

しかし、上記の詩を読んでみて、どう感じるか? が大切かと思います。

ひとかけらのお骨さえ帰ってこなかった多くの命に思いを馳せ、戦争は罪悪であるとの認識をあらたにしたいものです。

合掌

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