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歴史の見方

暑い日が続いた5月から一変、6月になってからは肌寒い日が続きます。

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今夜は、なんちゃらまつり、もとい、百万石まつりとやらで、雨の中を小学生たちがちょうちん行列に駆り出されています。

冷たかろうに、寒かろうに、かわいそうに、と思います。

このまつりの歴史的無意味さや、市民の熱意や楽しみなどの無さについては毎年書いているので、もういいかなぁとも思いますが、今年も少しだけ(笑)。

言うまでもなく、歴史はその一部分だけを誇張するものではありません。

金沢という街は、前田利家という織田信長の部下が支配者として来たときからある意味では発展したことは確かですが、ではそれ以前の歴史はなかったのでしょうか?

ありますよ、当然。

武士や貴族といったいわゆる支配階級を追い出して、民衆がお念仏によって作った「百姓の持ちたる国」がおよそ100年つづいていました。

織田信長がそれを亡ぼし、織田進駐軍司令官としてやってきたのが前田です。

今でも真宗王国と呼ばれる所以がそこにあります。

前田は、真宗寺院と真宗門徒を警戒し、あの手この手で懐柔しました。

今、街の中心部にある真宗寺院の多くは、もともと農村部にあって長く深いご縁を結んでいました。

しかし、その繋がりの深さを警戒した前田によって監視しやすい城下への強制移転をさせられました。

今も農村に残る真宗寺院は、それら移転した寺院が移転後にやむなく作った支院や道場です。

栄枯盛衰、歴史の流れの中でそれは致し方ないことではありますが、こういう歴史的経緯を知らない多くの市民に百万石バンザイを植え付けるのがこのまつりです。

観光しか外貨獲得の手段をもたない石川県と金沢市行政にとっては必要不可欠なものかもしれませんが、疑問だらけです。

情報化社会と呼ばれて久しいですが、インターネットを活用しない、あるいはできない多くの年配者層の情報源は地元新聞です。

その新聞社が、そんな行政と結託し百万石史観を垂れ流しつづけているかぎり疑問を持つ機会は少ないでしょう。

情報化社会の情報格差はとても大きくなっています。

地元情報を軽視するつもりはありませんが、全国的、世界的な中の地元という意識、世界観がもっともっと必要です。

地元を愛するなら、なおのこともっと長い歴史を観る眼を養っていただきたいし、そうすることによって部分的な歴史を誇張することのおかしさも感じていただけるのではないかとおもいます。

歴史はすべての出来事の繋がりで成り立っているのですから。

合掌

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