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人は環境で作られます

市内で、小学校の運動会に刃物をもった男性が乱入しました。


岩手では、ノコギリをもった男性がアイドルを襲いました。

そして、また聴こえてきたのが「誰でもよかった」、「日常に不満があった」等というものです。

暗澹たる気持ちになります。

そして、その事件を他人事のように「怖いねぇ」という人々も。

誰だって、こういう行動を起こす可能性があり、その犠牲者になる可能性はもっと大きいのです。

私は私。

俺は俺。

あたしはあたし。

人の家は人の家。

その私の周囲、私がまったく関心のないけど、ひょっとしたらごく近くにも、誰からも声をかけられず、ひとりで悶々としている人がいるかもしれません。

その人の悶々の延長線上には、ちょっとしたきっかけでとんでもない行動を起こす可能性が高くなると思いませんか?

そんな人に、「どうした?」と声をかけ、何もできなくても「話、聞くよ」と言ってあげられる人が周囲にいたら防げるのでは? と思います。

蛙の子は蛙と言いますが、人も当然ながら、親に似た部分を受け継ぎます。

でも、その部分は、生まれたときから親と一緒に生活しているから育つほんの一部分であって、それ以外は親以外の人々や物事とのふれあいから育ちます。

むやみやたらと子を擁護することよりも、たくさんのご縁に触れさせてあげる、そしてその子が悶々としていたら、嫌がられても声をかけ、話を聴いてあげることが大切なんではないかと思います。

それは、親や親族だけでなく、周囲にいる友人たちにも切に望みたいことです。

事件を起こした人は、たまたまこういう行動を起こしたし、その行動は罰せられなければなりません。

でも、この人たちを生んだ土壌、つまりこの社会を構成しているのはボクであり、あなたです。

他人事のニュースで終わらせるのではなく、私の周囲はどうだろうか? と身近なところにこのニュースを引き寄せて一人ひとりが考えたい問題なんです、本当は。

偉そうに、何ができる? と思われるかもしれませんが、他人事にして自分とは無関係にしてはその本質は見えないし、私の周囲にこういう事件の芽があっても気づかないことが大いにあり得るんです。

私だけでなく、その周囲、子ども、孫、その未来、多角的な想像力を駆使し、小さくてもできること、ともにしていきましょう。

人は環境、すなわちご縁でつくられます。

合掌

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