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2013年2月

法名について~おさらい

法名、そう聞くと死んだときにつける別名、そんなイメージの方も多いでしょうか?

他宗派では戒名という言葉を使いますが、法名とは同じなのか違うのか?

法名も戒名も、もともと出家修行者が戒律を守るしるしとして俗名を捨てて名乗るものであり、死者につける名ではありません。

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余談ですが、武田信玄や上杉謙信のように、戦国時代には苗字と戒名を合わせて名乗る武将もいましたが、それは一時だけの流行のようなものであったといわれ、江戸時代以降には廃れていきます。

仏門に入るにあたって、いわゆる出家をし俗名を捨て名乗る(師僧から与えられる)のが戒名ですが、法名は出家せずとも名乗ることができます。

他宗派では出家し、いわゆる修行をし仏に成ると言われ、ごく限られた者のみの狭き門と言えるます。日本ではその生死観から死後に仏と成るという思想があったため、仏教徒は死後に名乗ることができるようになったということでしょう。

そこで出家、修行せずとも戒律を守り仏と成る戒名は、多額の戒名料がかかる場合が多いのかもしれません。

では、真宗ではどうか?

在家仏教と言われる真宗でいう法名は、僧俗ともに仏弟子であり、阿弥陀さんに帰依し、仏の教えを聴く生活をする者の名乗りです。

おかみそりとも呼ばれる帰敬式(ききょうしき)を受式すれば、出家せずとも真宗門徒は生前に法名を名乗ることができます。というよりも、生前に法名を授かり生活の中で仏弟子としてともに生きる御同朋、御同行とになるということです。

法名は「釋(尼)○○」となり、「釋」は釈(釋)迦(しゃか)さまの一字をいただきます。

仏弟子の生活といっても、戒名のような戒律はありません。

ただ、阿弥陀さんに帰依し仏の教えを聴く生活は、おのずと自分を見つめなおす生活となっていくでしょう。

生前に帰敬式を受式できなかった場合、亡くなった時点で法名をおつけいたしますが、真宗では法名料はいただきません。

亡くなった方も我々と等しく仏弟子であり、その教えを聴く御同朋、御同行なのです。

ちなみに他宗派の戒名にもある院号(真宗では法名のに「○○院」とつく)ですが、これはご本山やお手次寺院に寄進(寄付)など貢献をされた方に、そのお志に感謝をこめてご本山より下付されるもので、必ずつけなければならないものではありません。

帰敬式は、ご本山で受式することができますが事前に予約と手続が必要ですので、まずはお手次寺院にご相談ください。

合掌。

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ご法事はいつ?

あまり積もらない雪が断続的に降る日々が続きます。


月忌参りにお邪魔すると「寒い日にご苦労さまですねぇ」と声をかけていただき、ありがたいことです。

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そんな日々の法務でときどき困るというか、返答に窮することがあります。

「そろそろ婆ちゃんの○回忌でなぃけ?」という類の質問です。

当寺は、年末の寺報とともに明年に年忌法要のあるお宅にはお知らせを配布しています。

まぁ、それを忘れたり見落としたりということがあることはしょうがないのですが、その「婆ちゃん」の法名もどこにしまい込んだかわらず、没年もあいまいではこちらもわかりかねる場合も多々あります。

それ以前に、ボクは(寺は)そういうこと全部を記憶してるだろうという思い込みをされているご門徒さんが意外なほど多いんですね。

たとえば当寺の場合、毎週土日に1軒づつご法事があったとすると月に8軒、年に約100軒のご法事をお勤めしていることになります(実際にはもっと多いですが)。

そのすべてが頭に入ってればこんなに楽なことはないですが、そんなに記憶容量は大きくありません(苦笑)。

また、こんなケースもありました。

いつものように月忌参りに行ったお宅で、お内仏(お仏壇)には内敷がかけられ朱ロウソクが立ててありました。

「あれ? 今日は何でしたかね?」

「え? いや、爺ちゃんの○回忌ですけど?」

「え? あの、聞いてましたっけ?」

「は? いや、今日お勤めしてもらえるんでしょ?」

月忌参り時には、裳付(法衣)も五条袈裟も持ち歩いておらず、簡衣に輪袈裟姿でのお勤めはあまりに簡略しすぎで申し訳ないのです。

それ以前に、月忌参り時にご法事される場合でも事前に言っておいていただきたいのです。

ご門徒さんの中には、ボクがそのご門徒さん宅以外にもお参りに回っていることがピンときてなかったり、極端な場合はご葬儀がなければヒマなものだと思っていらっしゃる方もこれまた意外と多かったりします。

そして本来は、その家の年忌法要はその家で管理していただくもので、お寺には年別の過去帳(○○家別ではありません)という記録はありますが、住職の頭に記憶されてはいません。

もちろん、不明なことは何でも聞いていただきたいのですが、すぐにお答できない場合や、対応できない場合もあることをご承知おきくださいますよう。

合掌。

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お弔い

断続的に雪が降り続けるわりには、あまり積もらない今冬です。

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今夜は今年初めてのお通夜でした。

お弔いは、仏さんと成られた故人の教えと阿弥陀さんの願いを尋ねるという意味です。

そして、故人がその人生においてご縁をいただいた無数の方々に、お別れと感謝と仏法に触れる場を設けるということです。

今夜は多くの弔問客がいらっしゃっていましたが、人ひとりの人生にはその何百倍もの人とのご縁が存在し、成り立っています。

一寸先は闇、一寸先に死を迎えても悔いのない今を精一杯生ききることが、私が仏さんに成られた故人へ届ける何よりの供養です。

合掌。

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導入しました!

先月の役員会で、そして先日の門徒総会でご承認いただいた新しいパソコン購入の件ですが、本日ようやく導入いたしました。

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先代は7年目とあって、いつ動かなくなってもおかしくない状態でしたので、なんとかギリギリセーフかと思います。

月忌参りを終えた夕方からセットアップ、そして旧機種からのデータのお引越しと、現在も作業中です(苦笑)。

今回の記事は、試し打ちとばかりに新機種を使用していますが、キ-の位置が微妙に違うことや、タッチパネル対応なため打ち間違っては訂正の繰り返ししつつの執筆です(汗)。

今後のホームページ、ブログ、メールマガジン、寺報、各種資料づくりをこれでしていくことになります。

当寺の経費で購入、つまりお寺の備品ですので大切にできるだけ長く使っていきたいものです。

合掌。

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よくある光景~ご門徒さん宅にて

本日も「お寺で朝市」、たくさんのご来寺ありがとうございました。


寒さ厳しくとも、お野菜などをご縁に、お寺に人が集い会話が弾んでくだされば何よりだと感謝しております。

さて、平日は月忌参りに出ておりますが、そのご門徒さん宅でも、これまたいろいろな会話が弾みます。

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先日も、実家のご法事があるけどもお布施はどのくらいか? とか、お斎(おとき)はしないので御膳料を包みたいがいくらくらいかね? などなど。

月忌参り時もそうですが、ご法事にお邪魔したお宅などでも、こういう質問はよくあります。

というのも、自分のお手つぎ寺さんには直接質問しにくいらしく、ご法事ならそのお宅にお参りに来ているご親戚の方(=他寺ご門徒)などから次々に質問攻めに合うこともしばしば(苦笑)。

お布施、御膳料や御車代の相場。

お内仏(仏壇)の荘厳の仕方。

赤ロウソクなのか? 内敷(須彌壇にかける三角の敷物)の色は?

お供えはお餅? まんじゅうや最中でも良い?

などなど。

あとは、お集まりになる親戚の人数とかも聞かれますねぇ(笑)。

ボクは、お一人でも多くの方に仏縁に会っていただきたいとは思いますが、どうしてもご都合が悪ければしょうがないし、例えお参りの方がお一人でも100人でも同じく精一杯お勤めさせていただきますよ、とお伝えしています。

ただ、これは仏事に限ったことではないのですが、なるべく簡単に済ませようという空気を感じることがあります。

簡単でも良いことと悪いことがあると思います。

ただし、無理をしろと言うわけではありませんよ。

できる範囲のことを精一杯お願いしますということです。

精一杯ご準備されたお宅で、精一杯お勤めさせていただく。ご門徒も坊さんがお互い精一杯を持ち寄って勤めるご縁となりますよう、そう念じます。

合掌。

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まずやってみると感じてみること

降ったり止んだり、寒さは厳しいものの雪少なめの今冬。

今のところ。

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わかりやすさは大事ですが、やってみることで感じられることがたくさんあるのになぁとも思います。

ある学生時代の友人に聞いた話。

「今の20代の子らって、海外旅行とかめんどくさいし、その国に興味あればテレビやネットで動画も見られて情報も得られるでしょ? とか言うねん」と。

みんながみんなではないでしょうが、便利すぎるのも考えものかと思いますね。
知らない国なら、行ってみて、現地の人々に触れてみて、匂いをかいでみてなどによって初めて理解できることが圧倒的にあります。

そういえば、とあるご門徒さんの言葉を思い出します。

「わしゃ、念仏の意味がわかってからでないと寺には行けん」と。

その方の家の仏間には多くの仏教書や入門書の類が置いてあります。

この方は70代ですが、海外へ行かずともと言う20代の子らとなんか共通するものを感じますねぇ。

まず、お寺に来てみませんか?

合掌する気にならなければしなくても良いです。

頭を下げる気にならなければ下げずとも良いです。

でも、まず、合掌し頭礼しお念仏を口にする周囲の方々の存在を感じていただきたいのです。

そして、気が向いたら同じことをしてみていただきたい。

何か感じるものがあるはずですよ。

だって、それがあなたの先祖代々が大事にしてきたものですから。

そして、わからないことは、なんでも聞いてください。

いっしょにやってみましょう。感じてみましょう。

合掌。

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「今、ここ」を生きる

インドア派のボクは、ツイッターやフェイスブックでの会話を楽しんでいますが、皆さんいろいろな思いを語り、表現してくださいます。


ただ、批判と文句は違うと思うことなども多々ありますし、ボク自身もそんな書き込みをしている場合があったりして反省することも。

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今、ここ(自分の居場所)で起こったことや思ったことを表現することは大事なことであり、今、ここで生きる我が身の認識なしに何も言えないとも思います。

私は、今ここに在る。

その自覚があって、初めて過去や未来、あるいは違う場所への思いを馳せることができます。

でも、感じるのは、その今、ここという認識がちょっと違うのでは? と思うこともあります。

たとえば、政治に望むことの代表が景気回復のようですが、現与党のマニフェストはそれ意外にも山ほどあり、とても危険性を含んだものも多くあります。

しかし、不景気の今と、ここ(この国)だから、とにかく景気回復してもらわにゃ話にならん、という違う意味での今、ここ主義、言い換えればその場&その時主義とでも言えば良いのでしょうか?

そんな感じがします。

とにかく景気回復、そうおっしゃる年配層の親父さん方は「わしら、どうせ先は長くないからええけどな」ともおっしゃる。

その場&その時主義の上に、あとは任せた的な無責任さを感じざるを得ません。
為政者が暴走した過去から、それを監視し抑制する役割を担う現憲法を変えようという現与党の意図は、為政者によって国民を管理しやすい過去の法に近いものへ戻そうというものです。

もちろん景気回復は大事なことです。

でも、今、つまり目先に囚われて、自分の未来、自分の子や子や孫の未来は二の次という感覚を強く感じます。

最初に書いたように、今、ここを生きるとは、そんな目先の話ではなく、今、ここを生きる自覚とともに、過去や未来をしっかり見据えるということです。

そして、この国の国民も他国の人も、それこそ目先の主義主張が違っても、そんな今、ここを共に生きる同朋です。

親鸞聖人が説かれ、真宗という教団が目指すのはそんな御同朋、御同行が共に生きる社会であり、その社会を照らすのが阿弥陀如来、自覚を表す言葉が南無阿弥陀仏です。

合掌。

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寒さ厳しき折

本日は金曜日、寒風吹きすさぶ中での朝市の日でした。


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一昨日からは、当寺の親戚寺院でもある常福寺さんでも朝市がスタートし、朝市の輪が広がってきました。
人が集う場があり、そこでご縁が広がる。

お寺がその場となることは、お寺の本来の姿だと思うとともに、お買い物だけでなく仏法に触れる機会ともなればという思いも沸いてきます。

御堂前には、寺報「大慈山」、本山発行「同朋新聞」、各種小冊子などを自由にお持ち帰りいただけるようにはなっていますが、たとえば御堂を開け放しておいて中に入っていただけるだろうか? あるいはそこでお茶が飲めたりしたらどうだろうか? など思いは募ります。

ただ、ボクが毎週必ずその場にずっといられれば良いのですが、月忌参りなどがあってそうもいかない。

ちょっとしたジレンマですねぇ。

合掌。

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老総代さんの一言

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一般社会では2月と8月をニッパチといって、1年でも比較的ヒマな月だといいますが、実はお寺も結構そういうことが多いです。

むろん、その年にもよるんですけど。

なぜか? 単純な話ですが、2月と8月はご葬儀が少ないことが多いのです。寒くとも、暑くとも、気温の変化(上下)があまりないとそういう傾向になりやすいようです。

ご葬儀が少ないということは、祥月命日が少ないということで、ご法事も少ないということになるんですね。

それはさておき。

先日のご門徒のつどいで、ウチの息子が13歳と聞いた責任役員Fさんは、「わしが13のころは、もう船に乗ってサハリンに行ったりしとったなぁ」と言われてびっくりしました。

Fさんは、生まれも育ちも内灘町で長く漁船に乗っていらっしゃったことは聞いていましたが、13歳ですでにサハリン!? とは驚きでした。

と同時に、その頃の13歳はすでに大人扱いされていて、今の13歳はなんと子どもなのかとも思います。

まぁ、ボクの13歳の頃と比べてもそう感じるんですからなおのことですねぇ。

かつての日本には元服といって、今でいう成人式が15歳だったと言いますから、Fさんの13歳時、つまり70年ほど前にはまだそんな感覚が残っていたのでしょうか?

しかし、まぁ、たしかに今の子どもは親任せにしていることが多すぎるように見えることも確かです。

東京などの場合は電車を乗り継いで塾に行く小学生などを見かけますが、地方都市ではほとんどが親の送迎だったりという違いもありますが、中学生でも親ありきの生活であることは否定できないですよね。

可愛い子には旅をさせろ、なんてのはもはや死語かもしれませんが、できるだけ自分のことは自分でさせる習慣を、子はもちろんですが、親も持たなければならないのかなと感じます。

子を心配する親の気持ちに今も昔もないでしょうが、社会に出ても何もできず、1年ももたずに退職し、引きこもりになるような成人が多いのもこんなところに原因があるのかもしれません。

自分で考え、想像し、行動できる子になってもらいたい。Fさんの一言であらためてそう思いました。

合掌。

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お寺の総代さん

昨日、2月第1日曜日は「新年ご門徒のつどい」です。


先月の役員総代会(責任役員2名&総代8名)で協議した昨年決算(案)、今年の予算(案)と行事予定(案)などを一般ご門徒さん参加の会で承認いただくのがこの会の趣旨です。

ぶっちゃけた話、役員さんも総代さんも、そして昨夜参加のご門徒さん方も、ボクの親と同じような世代ばかりです。

その中で、ボクは住職(=代表役員)という位置にいるのですが、皆さん常にボクを立ててくださる姿勢がとてもありがたいんです。

むろんそれに甘えることなく、そのお心に感謝し、応えたいという気持ちを忘れることなく持ち続けているつもりです。

昨夜も、すべての議事を終え、新年懇親会でいろいろな意見好感がありました。

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今回の議事で、ボクはお寺を取り巻く状況はどんどん変化しているなかで、お寺の在り方や疑問を提言させていただき、また共にお寺づくりをしていく世代を超えた仲間として役員・総代さんを筆頭に一人でも多くのご門徒さん方にご協力願いたいという思いを話させていただきました。

それを受けて、父と同じ歳の責任役員M氏は「住職の気持ちはわかったぞ、わしらも精一杯させてもらうからな」という言葉をかけてくださいました。

とっても、とってもありがたくて涙が出そうでした。

こんな頼もしいスタッフに囲まれて、ボクはもちろんですが、お寺そのものが成り立っていることをあらためて実感しました。

どれだけ由緒ただしくとも、ご門徒のいないお寺や集まらないお寺はただの箱でしかない、つねづねそう思っていますし、やはりその通りだと思います。

お寺は、当寺はこんな多くのご門徒さん方とともにあります。

一人でも多くのご門徒さん方に、こんな一面を知っていただきたいし、ぜひともここに絡んできていただきたいなぁと思っています。

よろしくお願い致します。

合掌。

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冬の晴天

今日は金曜日、お寺で朝市でした。


3回目にして、初めての晴天でお客さんも多かったようです。

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中にはバスに乗ってご来寺され、両手と背中のリュックにまでたくさんご購入されていかれた方もいました。

お野菜の値は高い世相もあってか、大根や白菜などが次々に売れていきます。

また草餅やドーナツ、オカラなども好評です。

お寺に人が集まる光景は、住職として嬉しいかぎりですが、何かお買い物だけでなくお寺に来た何かを持って帰っていただきたいなぁという思いもあります。

御堂の前には、寺報や本山の新聞や小冊子などを自由にお持ち帰りいただけるようになっており、お買い物帰りに御堂で合掌しそれらを手にお帰りになる方もいらっしゃいます。

ベンチなどを置いて、お買い物帰りの方にくつろいでいただき、そこでいろいろな会話ができたらなぁとか、いろいろ思います。

3月いっぱいまでの朝市、まだまだ時間もあるので何か考えて実現したいですね。

合掌。

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