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永代祠堂経会勤修しました

5/19(土)恒例の永代祠堂経会をお勤めいたしました。

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爽やかな五月晴れのなか、およそ80名のご門信徒がご参集くださいました。

ありがとうございました。

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ご講話には大谷大学前学長の木村宣彰さんにご来寺いただきました。

生きる人間の所業の善し悪しを論ずるよりも、人間が生きるということをしっかり見つめましょう。など、わかりやすく心に響くお話をいただきました。

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また、昨秋の報恩講での法話ライブに続いて、このご講話の模様をインターネット生中継しました。

この中継の録画版はコチラからご覧いただけます♪

★明日(5/22)の夜7時から【お寺で和やかヨガ体験】です! まだ空きがありますのでできれば事前にお申し込みいただきたいですが、若干の飛び込みもお受けいたします♪ どうぞご来寺ください!

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法務あれこれ」カテゴリの記事

コメント

*‾(*´0)ゞファァ…。なんか夜中の2時に無言電話。やだなぁって、 <(_ _)>。善福寺さんのホームページからここに飛ばなくて( ̄▽ ̄;)、やっと煩悩図鑑見れました (^ω^人) アリガト♪。

えぇお話でしたなぁ。私の夢は、今自殺者3万人の日本人に、こういう話を聴かせる機会を増やして、自殺者を減らすことっす。今の日本人に足りないのは、「心の拠り所」ですわ。ちょっと目線を変えれば、孤独も悩みも心の疲れも取れるんですね。

今はカウンセラーしか居てないですが、数が不足してます。しかし、真宗のお寺さんは敷地も場所も、他力本願も知っておって、人は一人で生きているわけじゃぁないことも、ストレスの原因がこだわりや囚われにあることも、2500年前にお釈迦さんが悟って、お経になっているのに、葬式で聞いているのに、ご存じないんですわ。かと言って、お寺さんは世襲してはる事が多いし、世間で人の中でモミモミされた経験が少ない(失礼(_^_))から、人を救えるのに、救い方が分からない。

私の夢は、この架橋になること。世俗に釈尊や親鸞さんの教えを上手く当てはめて、どう話せばいいかを真宗の僧職の方にヒントを与えることです。他力本願を知れば、孤独で寂しいとか、生かされいると分かっていても、実感がわかないとか、そないなことは多少軽減されるんです。

投稿: 加藤 隆志 | 2012年5月22日 (火) 01時39分

katoさん、コメントありがとう! また、いつもツィッターで絡んでくれてありがとう♪

そうなんです。まず、お寺に来てほしいんですよね。ご法事などはもちろんですが、お寺もいろんな入口を試みなければと思います。

今回のお寺ヨガもそんなきっかけづくりになればと思っています。

架け橋、いい言葉です。なににでもそれは必要です。

お通夜などで、なにも話さない坊さんが増えています。由々しきこと。ウチはつたないながらも話し、また正信気の意訳つき冊子をお配りし、その結果ホームページなどを観てくださる方がいらっしゃいます。

地道でも何かしなければ! 坊さんには、そんな思いと自覚がいまや必須かと。応援よろしくお願いします。

投稿: Kei@住職 | 2012年5月22日 (火) 17時55分

浄正寺さん、まだネットに慣れてはらへんけど、大谷派の教師資格持ってはるねんて。しかもまだ35歳!結婚してお子さんもいてる。で、私が人を救うとここにコメントしたのを見はったら、浄正寺さんは坊さんは人は救えないと( ̄▽ ̄;)。

そらそうですわな。真宗では死なん限りは救われない。かと言って自殺をすすめてるわけでもない (^O^)アハハ!!。そうじゃなくって、カウンセラーだって救ってるんじゃなくて、心のありようを、

その人に合わせて道を示すガイドをするだけ。釈尊はあくまでもカウンセラーと同じく、ガイドしただけ。親鸞さんも庶民に分かりやすいように、南無阿弥陀佛というお題目で拠り所を加えただけ。そう言い換えたら、僕の言うてる意味を分かってもらえましたわ。あの人とは一緒に何かやってけそうやから、できることからやってみようと思うてます。2.5kmのご近所やし .: *:( *´艸`).:゚+。

今は時代が変わって個人が個人の判断で行動し責任も持つ必要が出てきたんです。トップダウンで仕事を待っている時代では無いので、着いていかれない人がたくさんいてて、多分それが心を病む原因やと思うてます。そういう時、どうしていいか分からへんと思う。しかし仏教は利他の心を教えて、とりあえず社会貢献してみろと言うてるし、人と人との関係も理想が現実を超えてしまって、自分の心にしがみついているよってに、ストレスがたまる一方で、やっぱり仏教ではこだわりにとらわれへんようにしろ、と言うてるし、時代が変わっているのに昔が良かったと言うのも、仏教では諸行無常と言って、物事は変わるもんやと教えている、だから自分も変わらないままで居られるはずもなし。

今、仏教はすごく時代にマッチしてるので、ほんま、お寺に人が気安く立ち寄って、現代語訳されたお経やら釈尊・法然さん・親鸞さんのお話でも聞いて、心を癒されて帰って頂ける時代がくるといいなぁ~って、そう思うてます。

長なってすんませんm(_ _)m。善福寺さんとも是非お会いしたいですね。御住職はお寺開けられへんでしょうし、必ず私が伺いますから(^O^)v。

投稿: 加藤 隆志 | 2012年5月23日 (水) 20時46分

蓮如上人によれば「仏法を主とし、世間を客とせよ」と。

仏法=普遍にして不変。世間=常に移り変わるもの。

自分を、自分の周囲にあるご縁を、あるがまま受け入れていくこと、思い通りにならへんことがわかる、ということが生きるということです。そのご縁から逃れようとしてあがくからしんどいんです。

あるがままなり、すべてを受け入れよ。めまぐるしく変わる、いわゆる世間の価値観などは、その都度お客さんとして対応せよ。そういうことでしょうね。

投稿: Kei@住職 | 2012年5月23日 (水) 21時18分

全てを受け入れる、それは自分自身という人間もそうでしたよね。みんな自分の悪いところを切り離したがって、もがき苦しんでしまう。特に真面目な人ほど自分の煩悩を否定したがる。で、ストレスがたまり、スカートにカメラ入れたり、触ったり。

風俗に行ってしまえ!すっきりしてきたらよろしいやんと、いつも思うてます (ー_ー;)。

こんなはずじゃないとか、そんな事もみんな思わなくなったのは認知行動療法というカウンセリング方式のお陰さんなんですが、その後仏教、そして、煩悩は断ち切れない、そしてそして何よりも阿弥陀仏に信心したら

「既に救われている」

涙が出るほど嬉しかったです。世間はお客さん、さすがです 南無... (-ノ-)/Ωチーン

投稿: 加藤 隆志 | 2012年5月24日 (木) 01時04分

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