非戦平和への想い
敗戦の日を超え、急に涼しくなりました。体調管理にはお気を付けください。
日本においては終戦詔書が発せられた8月15日が敗戦の日ですが、当時の連合国側のほとんどが9月2日が戦勝日とされ、それは枢軸国側最後の交戦国であった日本が降伏文書に調印した日だからです。
まぁ、そんなことはさておき、この時期にお参りに行くご家庭で、ほとんどのおばぁちゃん方はおっしゃいます。
「戦争なんて、私らにはなぁ~んもええことはなかった。二度と嫌だ」と。
これが戦時下庶民の大多数の本音でしょう。
どれだけ声高に正義を主張されても、勝てば良くなると言われても、平凡でも日常生活を普通に送りたいというのが人の心情です。
その普通で平凡な日常を守るのが為政者の役目であって、それ以上でもそれ以下でもありません。
かの山本五十六さんは「兵を百年養うは、ひとえに戦争をせず平和を養うがため」というようなことを言ったとか。
本当は兵を養わずに平和を希求することが望ましいと思いますし、この国の最高規範たる憲法はをそれを崇高な目的として掲げています。
それは理想論であり、非現実的と言うなら、道はふたつとなります。
①崇高なる理想を捨て、非崇高なる現実に迎合する。
②現実に誠実に対処し、崇高なる非戦平和を希求する。
さて、どちらが多くの一般庶民にとっての平和となりえるでしょうか?
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