« 自分らしくあるとは | トップページ | 過剰すぎる報道 »

余裕のない社会

Dsc02335

今日お邪魔したA家にて、いつもいっしょにお参りしているおじぃちゃんが不在でご長男さんがお参りし、お参り後にいろいろお話するご縁をいただきました。

お話によると、この不況で仕事を失い現在就職活動中だそうです。しかし、職種がどうとか以前に40後半という年齢ではなかなか難しいのだそうです。しかも、職種変更も辞さないつもりでも、どの職種も即戦力を求めていてそれも思うに任せないと。

どの職業も厳しい現実です。しかし、やる気があっても年齢やキャリアだけで人を選別している余裕のなさが現代社会の問題のように思えます。景気が回復したというニュースを聞いても、それは一部分のようにしか思えず、「雨が降ると桶屋が儲かる」というような大きな経済のつながりも、「金は天下の回りもの」という経済流通が感じられません。

身近で言うと、バイクに乗っているとカーブで車線をはみ出して運転するクルマが圧倒的に多く見えます。これはほんの少しの回り道もしたくないであったり、大きくハンドルをさばくのがめんどくさいであったりという余裕のなさや安易さからくるものではないですか?

交差点で右折をするとき、交差点の真ん中にへこんだひし形が書いてありますが、あれはその内側、つまり交差点の真ん中を経由し円を描くように右折しなさいという意味です。しかし、現実はそのひし形を無視して直線で右折しているクルマがほとんどです。

なぜ、ここまで余裕のない社会なのでしょう? 老いも若きも、あまりに目先の早さや楽さ便利さ、即戦力や即効性ばかりを求めていませんか?

携帯電話にインターネットというハイテクは便利です。でも、手紙、読書や新聞などのローテクを併用していないことは弊害も多いと思います。両方が共存してこその進化や進歩でありたいものです。

人気ブログランキング【ブログの殿堂】 にほんブログ村 哲学ブログへ にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ ブログランキング・にほんブログ村へ にほんブログ村 哲学ブログ 仏教へ

|

« 自分らしくあるとは | トップページ | 過剰すぎる報道 »

ご縁いろいろ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 自分らしくあるとは | トップページ | 過剰すぎる報道 »