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戦争を知ること

Azia15ここ数ヶ月、あの戦争について書かれた本を何冊か読んでいます。

大本営発表という虚報、国民のことなど完全無視した戦争指導者たち、戦場の兵士たちをも完全無視した希望的観測と精神論のみに立脚した開戦とその後の作戦などなど。

敗戦記念日を目前にして、あらためて戦争の愚かさを思います。

戦争経験者とのご縁が多い日々の中で感じるのは、女性はハッキリと「戦争は二度とイヤだ」と言い切ります。

従軍経験のある男性はふた通りに分かれます。本当に死ぬような思いをした方は多くを語りませんが、そうでない方はあの戦争の正当性を声高に語ります。

シベリア抑留など、戦後さらに苦労をされた方々にいたってはそんな事実すら語りません。

読んだ本の中に、東南アジア諸国に戦後も残留した元兵士を尋ねたルポがありますが、よく言われるようなアジア開放のためにさらに戦ったという方ばかりではありません。

インパールなどに駆り出され、後にその無謀無策さを知って戦や軍そのもの、さらには日本そのものを嫌悪した方々も多かったようです。

戦争とギャンブルは似ているといいますが、それは勝てば勝っただけさらに勝ちたくなり、負ければその負けを取り返さなければ気がすまなくなるからだと。

そんなギャンブルを正当化するための言葉が「聖戦」や「自衛」です。さらに戦死者を神格化することで、国民を戦場へ駆り立てていくシステムが完成します。

某新宗教が結党し、憲法改正を掲げて選挙に出るそうですが、戦を奨励する神も仏も本来は存在しません。その時点でそれはもはや教えを宗とするものではありません。

以前に書いたように、時流に安易に流されることの危険性を認識し、「ちょっと待った!」と言える民でありたいと思います。それが、戦後世代の戦争をしない責任であると思いますから。

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