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納得と不納得

Dsc02147今日、月忌参りで訪れたとあるお宅で、来年に当寺でお迎えする親鸞聖人七百五十回御遠忌へのご懇志への疑問というか、お叱りをいただきました。

当寺は通常会計はもちろん、御遠忌などの特別会計の予決算書なども寺報ですべて公表していますが、このお宅のご主人(71歳)は鐘楼などの修復に数社による入札はしているのか? と詰問されるのです。

それもしないで予算書と懇志の依頼だけをされても今の社会では通用しないとおっしゃいます。当寺では、これまでもこういった場合にはこれまでの実績と信頼関係で業者にご依頼し、見積書をだしてもらい、役員会にてそれを検討した上で決定しています。

しかし、最低でも2社以上による入札を行うのが常識だと言われ、ボク自信の社会性の疎さを感じました。ただ、決してご門徒さん方のお気持ちに甘えていたつもりはありませんし、不義理をしないという心構えは持っていたつもりでした。

そして、ご主人はご懇志を断るつもりはないとありがたい言葉を言ってくださいましたが、その後に「親鸞だかなんだか知らんが、750年もたってなんで法事せにゃならんのかわからんし、関係ないと思ってるけどな」とおっしゃいました。

さらに「仏壇に手を合わせとっても、それは自分の親やじぃさんばぁさんに合わせとるだけで、阿弥陀も親鸞も関係ないし、今後も寺に参るつもりはない」と。

ボクは「親鸞がいなかったら、あなたは手を合わすべき場所もないんですよ」と言うと、「…そうかもしらんが、わしゃ知らん」と。

前半のお言葉には納得し、それには「貴重なご意見ありがとうございました」と言いましたし、事実そうだと思います。でも、後半のご意見には納得できないし、もっと話し合いたいと思いました。

次のお宅へ行かなければならず、「ぜひ、またお話しましょう。ありがとうございました。よろしくお願いします」と言ってその家を出ました。

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