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英雄願望

Dsc01583昨日、東京の秋葉原にて非常に痛ましく、悲惨で、辛く悲しい事件が起きました。なぜ? と問わずにいられないのですが、ここ数年に起こった事件の多くに似た水脈を感じます。

ストレートな感情を歌い上げたパンクバンドであるTHE BLUE HEARTSに「英雄にあこがれて」という曲がありますが、その詞の中に以下のような一文があります。

「惜しまれながら死んでゆく 英雄にあこがれ いばらの道を見つけ出し クツを脱ぎ捨てる」

「あんまり平和な世の中じゃ カッコ悪すぎる 宣戦布告 手当たり次第 そうです これが若者の・・・」

「音も立てないで過ぎていく やり直せない日々 運動場のはしっこで 悪魔を育てよう」

「だれにも気づかれないように 食べ物を少しわけてやる 金網の中で大きくなれよ」

「月曜の朝の朝礼で 手首をかき切った 運動場のはしっこで 悪魔が笑ってる」

「惜しまれながら死んでゆく 英雄にあこがれ」

もう20年前の曲です。ひどい曲だと思われる方もあるでしょうが、ここ数年間に急増している「だれでもよかった」という殺傷事件の犯人たちの姿と見事に重なりはしませんか?

THE BLUE HEARTSというバンドは、けして日の目を見ない場所をあえて歌い上げ、多くの支持者を得たバンドです。人の持つ闇、密かな願望、本当の美しさや汚さです。それはまたいずれ紹介するとして。

英雄願望、すなわち自分が偉大であり、周囲の人がそれを認め敬ってくれる存在。それがエスカレートすると自分以外は馬鹿ばかりに見えてくる。そしてそんな馬鹿たちが自分よりも厚遇され、人望があり、幸せそうに見えることに我慢が出来ない。自分の方がずっと優れているはずなのに、と。

大なり小なり、こんな感情がだれにでもあり、上記の詞ではそれを「悪魔」と表現し、仏教用語では「餓鬼・畜生」と表現し、そんな餓鬼・畜生の支配する世界を地獄といっています。限りない欲望と残虐性、人の心の奥底に存在し、環境によって育つものです。むろん、人にはそれを抑制する理性や道徳、そして現代人にもっとも欠けている「こらえ性」を持っているはずなのですが。

世の中がイヤになる、死にたい、しかし人知れず死んでいくのはあまりにも寂しいし、自分という虐げられた人間の存在を世間に知らしめたい。あまりにも短絡的で子どもっぽい発想ですが、最近の殺傷事件の犯人たちから感じる思考ではないでしょうか。

自分に与えられた命を大切にできない人は、他人の命も大切にできないのです。今、命があなたを生きている、そのことをしっかり見つめてみませんか? 

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