« 2008年5月 | トップページ | 2008年7月 »

2008年6月

思い込み

Dsc00341ちょと前のお話です。

とあるお宅の満中陰(49日)法要に訪れたときのことで、その家のご親族方は「早いねぇ、もう49日やねぇ」と口々に言っていました。たいがいのご法事では、それが50回忌であっても「早いねぇ」という言葉をよく聞きます。

そこへ、その家のおばぁちゃんがお茶を持ってきてくださいました。ボクは「もう49日たつんですね。早いものですね」と言うと、「なぁにが早いもんかいね。しぃちゃんおらんがんなって(いなくなって)から、この49日の長かったこと、長かったこと」とおばぁちゃん。

びっくりしました。そして、ご法事で交わされる「早いねぇ」という言葉を、いつのまにかボクもそうだと思い込んでいたことに気づかされました。

そして、なによりずぅーっとずぅーっと、何十年もの間、じぃちゃんと連れ添ってきたばぁちゃんの本音に気づかずにきたことに。

人は、大なり小なり思い込みをモノサシに、人と自分を比較しているものなんですよね。人の思いに思いを馳せてやれる、それが思いやりというものだとすれば、大切な人を亡くしたばぁちゃんの思いに思いを馳せてやれず、ボク自身の思い込みで接していたんだなぁと。

思い込みとは、怖いものです。本音を言ってくれたばぁちゃんに感謝です。

人気ブログランキング【ブログの殿堂】 にほんブログ村 哲学ブログへ にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ ブログランキング・にほんブログ村へ にほんブログ村 哲学ブログ 仏教へ

| | コメント (0)

こんなもの買ってみました(笑)

Side_ziphitひそかに(?)通販やネットショッピング好きなのですが、得度考査をがんばった愛息のご褒美にバッティング練習用の

←こんなものを買ってみました。人気商品なのか、到着まで2週間以上かかり、愛息も毎日のように「まだかなぁ?」と首を長~くしていましたが、今週の火曜日にやってきました!

さっそく箱をあけて、説明書を読むのもそこそこに外へ。これは2本のワイヤーを金網やポールなどに固定し、ワイヤーをピンと張った状態で両手を開くとワイヤーについているボールがバッターに向かって滑っていくというものです。

ボール拾いもいらず、省スペースでボールの速さや、変化球もでき、大人も子どももバッティングを楽しめるんです。愛息も大喜びでバッティングに熱中。ボクも、これで次の試合にヒットが打てるといいなぁと思っておりました。

しかし、次の日には2人、その次の日には3人と友だちを誘ってくる愛息。それも友だちだけでなく、そのお母さんたちもやってきてにぎやかでした。でも、楽そうに見えて、投げ手の方は案外しんどいんですよ。この三日間で、二の腕や肩周辺が筋肉痛に・・・(苦笑)。

今日は、チームの練習に行っているので内心「やれやれ、今日は開放される」とホッしています(笑)。しかし、守ると走るは同年代の子に比べてそこそこできる愛息ですが、バッティングに難があったので、できるだけ協力してあげようと思っています。

<今週の予定>

6/28>10:00~寺にてK家49日法要・月忌

6/29>10:00~寺にてM家13回忌兼49日法要・午後~休務

6/30>午前~月忌・10:00~N家にて33回忌法要・11:00~T家にて7回忌法要・月忌

7/1>休務日

7/2>終日~月忌

7/3>午前~月忌・11:00~寺にてK家永代祠堂経・午後~月忌

7/4>午前~月忌・午後~寺務

人気ブログランキング【ブログの殿堂】 にほんブログ村 哲学ブログへ にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ ブログランキング・にほんブログ村へ にほんブログ村 哲学ブログ 仏教へ

| | コメント (0)

おかげさまで

Dsc00296ふと気がつくと、このブログの訪問者数が10万を超えていました。

開設したのが2006年5月23日ですから、2年と1か月での10万ヒットは早いのか、遅いのか、よくわかりませんが、それだけ読んでいただいているのかぁ、と素直にうれしいですね。

けっこう重複したり、季節ごとに同じようなネタで書いてることも多いですが、飽きずに読んでくださる皆さまに、この場を借りてお礼を言わせていただきます。

本当にありがとうございます。これからも、思いつくまま、時には矛盾したり重複したりすると思いますが、どうかお付き合いいただければ幸いです。

願わくは、遠慮なく、ただし愛のあるツッこみや、苦言、提言、賛同のコメントをいただければ励みになりますし、うれしいです。どうか、よろしくお願いいたしますね。

人気ブログランキング【ブログの殿堂】 にほんブログ村 哲学ブログへ にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ ブログランキング・にほんブログ村へ にほんブログ村 哲学ブログ 仏教へ

| | コメント (0)

反応

Dsc01536一昨日、ご法事の席で「ブログ見てますよ」とうれしいお声をいただきました。「ありがとうございます! ぜひ、コメントもお願いしますね♪」と言って笑っていたのです。

しかし、「ご住職は死刑に反対なんですね。ボクは賛成派なんですよ」とおっしゃいました。「いえ、反対、賛成の前に考える土壌というものがあるということを書いたつもりなんですよ」とボク。その方が「あ、そうか」とおっしゃったところで、他の方がお酌にいらっしゃって尻切れトンボ。

死刑制度に関して、ボクはどちらかといえば反対ですが、反面、万が一にでも被害者遺族になったら賛成するだろうという人としての感情もあるんです。だからこそ、ボクも含めて皆が被害者遺族にならずに済むにはどうすればよいのかを考えたいのです。

2200年ほど前のことです。秦の始皇帝が中国大陸を初めて統一し、秦という法治国家を建てました。しかし、あまりに法の締め付けが厳しすぎて全国から秦朝に対する怨嗟の声、さらには反乱が相次ぎ、後の漢の高祖・劉邦によって秦は滅亡します。

劉邦は、①殺人には死罪②盗人には流罪③人を騙した者には鞭打ちという明快なみっつの法を打ち出し民衆に支持されました。しかし、2200年前の話です。人はこの2200年間、文明は進化したかもしれませんが、今だに人として成熟していないのかもしれません。

なぜなら、2200年を経た今でも殺人も盗人も詐欺もなくなってはいないのですから。感情でもって人を殺すことと、愛する人を殺された怒りの感情でもって死刑を叫ぶことは同じ目線ではないのか? と言ったらいいすぎかもしれませんね。すみません。

でも、いっしょに考えませんか? 殺人、盗人、詐欺を生み出す社会にともに暮らす人と人として。

人気ブログランキング【ブログの殿堂】 にほんブログ村 哲学ブログへ にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ ブログランキング・にほんブログ村へ にほんブログ村 哲学ブログ 仏教へ

| | コメント (0)

死刑制度に思う

Dsc00350死刑制度について、議論が盛んです。歴代法務大臣の中で群を抜いて多くの死刑執行にGOサインを出したことに端を発していますが、どう考えるのか? それぞれの思いや考え方があろうかと思います。

命という存在を考えた場合、人は無から命を作り出すことができないのですから、それを人為でもって消すことは許されないと思います。ということは、人為でもって命を奪う死刑という行為に反対するということは、殺人も、戦争も反対するということであり、逆に死刑を肯定することは、殺人を、戦争を肯定することになりませんか?

しかし、ここで大きな問題は人の感情です。被害者遺族がその殺人者に死刑を求めることは、当然の感情です。殺人者を許し、ふたたび世に放つことなど考えられないのです。

では、殺人者はどうして殺人者になったのでしょう? 生まれながらにでしょうか? 違いますよね。人は環境によって、何者にでもなります。環境とはなにか? 人が暮らすこの社会そのものであり、それは家族という小さな社会から、学校や職場、大きくは都道府県、国、星といった人が身を置く場所です。

殺人者を生み出す社会、それが我々が身を置くこの社会だとすれば、その社会の構成員である我々と殺人者は無関係ではなく、我々にもその責任の一端があるのではないでしょうか? 警察や教育に責任を押し付けるのではなく、私はこの社会に存在し、社会に対して何をし何が出来るのか? を考えることが、死刑制度の是非を問う前にすべきことだと思います。

道端に座り込む若者に眉をひそめることは簡単なことですが、ではウチの子や孫はどうだろう? と思いを馳せる。横断歩道のない道路を横切るお年寄りをみて冷や汗をかく、そしてそこからボクの両親や祖父母はどうだろうと思いを馳せる。というように、社会で見かける小さなことから、無関係でなく関係者としての視点を持ちたいものです。

人の集まりで暮らすからこそ人なんです。ボクもあなたも、すべての人はその集まりを構成する人として義務と権利、そして責任があるのです。その集まりから殺人者が出る、それは他人事でも絵空事でもないのです。

<今週の予定>

6/21>11:00~南砺市I家にて3回忌法要

6/22>午前~月忌・11:00~寺にてM家3回忌法要・午後~月忌

6/23>午前~月忌・11:00~寺にてS家3回忌法要・午後~寺務

6/24>午前~月忌・14:00~善福寺講②

6/25>午前~月忌・9:30~K家にて25回忌法要・13:00~A家にて1周忌法要

6/26>終日~月忌

6/27>午前~月忌・午後~寺務

人気ブログランキング【ブログの殿堂】 にほんブログ村 哲学ブログへ にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ ブログランキング・にほんブログ村へ にほんブログ村 哲学ブログ 仏教へ

| | コメント (0)

生きている地球

Dsc01581東北で大規模な地震が起きました。その前には、中国の四川で大地震が、ミャンマーでサイクロンが起きました。

被災された方々には、本当にお気の毒だと思いますし、一日も早い救助と復興を願ってやみません。

以前にも書きましたが、ボクは阪神淡路大震災時に京都にいて、その恐怖を体験しました。人の存在や力のちっぽけさを感じました。生命体というとニュアンスが違うかもしれませんが、地球という星は生きているんだなぁと思います。

そんな地球に暮らす我々のような動植物は、例えて言うなら地球という巨体に生えたカビか微生物のようなもので、地球がちょっと身震いしたり、寝返りをうったりすればひとたまりもない存在なのかもしれませんね。

そんな地球の肌である大地を、アスファルトやコンクリートで固め続ける人という存在は、地球にとってはひょっとしたら害虫みたいなものだといったら言い過ぎでしょうか?

とあるテレビ番組で、仮に人が滅びて500年もたてば、ほとんどの建造物は消え去りそこには緑の大地が復活するというようなシュミレーションをやっていたのを見てこんなことを思っているのかもしれません。でも、人以外の動植物は、自然に従順に順応しながら生きているのに、人だけはそれに逆らって生きていることは事実です。

地球も生きている、としたらいつかはその命が尽きる日が来る。人はその地球で生かされてある生命体として一体どう生きるべきなのか、そんなことを自然災害は問いかけているように思います。むろん、じゃあ山の中かどこかで裸で生活しろ、と言うかもしれませんが、無理だから、どうしたらいいのか? をいっしょに考えませんか? ボクらの子どもや孫のために。

人気ブログランキング【ブログの殿堂】 にほんブログ村 哲学ブログへ にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ ブログランキング・にほんブログ村へ にほんブログ村 哲学ブログ 仏教へ

| | コメント (0)

子どもの成長

Dsc01589この夏に得度を受ける愛息は9歳です。今でもほとんど毎日いっしょにお風呂に入っていますが、身長、体重ともに伸びすっかり重くなってきました。

ひとりっ子のため、少々甘えん坊で今でも身体を洗ってほしがりますが、さすがに「もう三年生やろ? 自分のことは自分でやろうね」と言い聞かせています(苦笑)。

月忌参りに行っているお宅には、赤ちゃんや子どものいる家庭もあり、月に1回の訪問で、驚くほど成長してる場合は多いですね。お母さんにダッコされていた子が、ハイハイし、つかまり立ちをし、よちよち歩き、言葉を発するようになる。

そんな姿は、他人のボクが見ていても目を細めてしまいます。そして、我が子が同じ年齢のころを思い出し、細めた目が遠くなったりもします(笑)。ちょっと前にやっていた車のCMで、「子育ては恋愛と同じくらいおもしろい」というのがありましたが、子どもの成長ほど親の喜びってないのだなぁと思います。

もちろん、ボクも人の子だし、子どもにとって100%良い親であるなどとは思っていません。でも、子どもの笑顔、寝顔、泣き顔に幸せを感じます。些細なことで過度に怒ってしまい、反省し、あとで「ごめんね。パパが悪かったね」と言える親であるつもりです。

人気ブログランキング【ブログの殿堂】 にほんブログ村 哲学ブログへ にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ ブログランキング・にほんブログ村へ にほんブログ村 哲学ブログ 仏教へ

| | コメント (0)

雨だぁ(汗)

Dsc01585本日は休務日。

となれば、ツーリングにGOです(笑)♪ 天気予報は晴れのち曇り、しかし、なぁんか怪しい雲行き。ここは天気予報を信じてみますか、と出発。

いずれ行こうと思っている能登半島一周のシュミレーションを兼ねて、志賀町の道の駅あたりまで行ってみようと、能登有料道路を順調にライディング。途中、千里浜の渚ドライブウェーを気持ちよく走ったのですが、バイクでは初めてのため、コケないようにやや緊張しつつ海を眺めました。

国道249を北上し志賀町を目指していると、ポツ・・・ポツ・・・「え? うそ? 雨?」と思っている間もなく小降りから本降りへ。「きゃー!」と叫びつつ、なんとか志賀町の道の駅に到着。

Dsc01588 幸いびしょぬれとまではいかなかったのですが、しっとりした身体でしばし雨宿り。バイクは、購入して初めての雨ざらし。まだ、お昼過ぎだし、食堂のメニューは今イチ魅力がないしで途方に暮れていましたが、雨はやみそうもなく仕方なしに食堂で昼食をとり、それでもやまない雨に、今日は引き返そうと決断。

積んであった雨ガッパを取り出し上下ともに装着し、着た道を引き返しました。しばらく走ると雨は小降りになり、路面も乾いてきたのでカッパを脱ごうとすると再び雨脚が強くなりました。この後、二度ほどこんなことの繰り返し、金沢郊外でやっと晴れ間を見つけてカッパ脱いで走り出すと、またポツポツ・・・。

いやあ、ひどい目にあいました。ボクはどっちかというと晴れ男で、出先でめったに雨にあうことはないのですが、やはりそんなものはアテになりませんね(苦笑)。ぼちぼち金沢も梅雨入りかな?

<今週の予定>

6/14>午前~月忌・午後~寺務

6/15>午前~月忌・10:00~寺にてK家33回忌法要・午後~寺務

6/16>午前~月忌・午後~寺務

6/17>午前~月忌・15:00~寺にてO家50回忌兼33回忌法要・月忌

6/18>午前~月忌・午後~寺務

6/19>終日~月忌

6/20>午前~月忌・15:00~寺にてU家1周忌法要

人気ブログランキング【ブログの殿堂】 にほんブログ村 哲学ブログへ にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ ブログランキング・にほんブログ村へ にほんブログ村 哲学ブログ 仏教へ

| | コメント (0)

遅ればせながら

Dsc01582土曜日の得度考査ですが、愛息は緊張の時間をどうにかクリアしたようです。といっても、めったに落ちることはないそうですが、最初からそう言うわけにもいかず、前述のように前日に孟特訓し「ゆっくり、大きな声でやったら大丈夫やで」と送り出しました。

金沢別院の輪番さんの前に、5人ほどが順番に行って「正信偈」と「仏説阿弥陀経」の一部を読むという形式の考査ですが、緊張でカチコチになっている愛息は20分ほど後に笑顔で帰ってきました。

「どやった? ゆっくり大きな声で言えたか?」と聞くと、「うん!」と元気な返事にボクの緊張も解け、「そっか、ようがんばったな!」とハグしてあげました。教務所員のH君が「はい、みなさん合格です」と言ってホッと安心。

これで夏休みには、京都の本山へ行って得度を受けることができます。毎年、新聞やテレビなどでも紹介されますが、全国からお味噌のコマーシャルのような小坊主たちが集まります。愛息は、なんとかそのひとりになれそうです。

来年のお盆には、お墓デビューさせようかな? と、親馬鹿はひそかに画策しています(笑)。

人気ブログランキング【ブログの殿堂】 にほんブログ村 哲学ブログへ にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ ブログランキング・にほんブログ村へ にほんブログ村 哲学ブログ 仏教へ

| | コメント (0)

英雄願望

Dsc01583昨日、東京の秋葉原にて非常に痛ましく、悲惨で、辛く悲しい事件が起きました。なぜ? と問わずにいられないのですが、ここ数年に起こった事件の多くに似た水脈を感じます。

ストレートな感情を歌い上げたパンクバンドであるTHE BLUE HEARTSに「英雄にあこがれて」という曲がありますが、その詞の中に以下のような一文があります。

「惜しまれながら死んでゆく 英雄にあこがれ いばらの道を見つけ出し クツを脱ぎ捨てる」

「あんまり平和な世の中じゃ カッコ悪すぎる 宣戦布告 手当たり次第 そうです これが若者の・・・」

「音も立てないで過ぎていく やり直せない日々 運動場のはしっこで 悪魔を育てよう」

「だれにも気づかれないように 食べ物を少しわけてやる 金網の中で大きくなれよ」

「月曜の朝の朝礼で 手首をかき切った 運動場のはしっこで 悪魔が笑ってる」

「惜しまれながら死んでゆく 英雄にあこがれ」

もう20年前の曲です。ひどい曲だと思われる方もあるでしょうが、ここ数年間に急増している「だれでもよかった」という殺傷事件の犯人たちの姿と見事に重なりはしませんか?

THE BLUE HEARTSというバンドは、けして日の目を見ない場所をあえて歌い上げ、多くの支持者を得たバンドです。人の持つ闇、密かな願望、本当の美しさや汚さです。それはまたいずれ紹介するとして。

英雄願望、すなわち自分が偉大であり、周囲の人がそれを認め敬ってくれる存在。それがエスカレートすると自分以外は馬鹿ばかりに見えてくる。そしてそんな馬鹿たちが自分よりも厚遇され、人望があり、幸せそうに見えることに我慢が出来ない。自分の方がずっと優れているはずなのに、と。

大なり小なり、こんな感情がだれにでもあり、上記の詞ではそれを「悪魔」と表現し、仏教用語では「餓鬼・畜生」と表現し、そんな餓鬼・畜生の支配する世界を地獄といっています。限りない欲望と残虐性、人の心の奥底に存在し、環境によって育つものです。むろん、人にはそれを抑制する理性や道徳、そして現代人にもっとも欠けている「こらえ性」を持っているはずなのですが。

世の中がイヤになる、死にたい、しかし人知れず死んでいくのはあまりにも寂しいし、自分という虐げられた人間の存在を世間に知らしめたい。あまりにも短絡的で子どもっぽい発想ですが、最近の殺傷事件の犯人たちから感じる思考ではないでしょうか。

自分に与えられた命を大切にできない人は、他人の命も大切にできないのです。今、命があなたを生きている、そのことをしっかり見つめてみませんか? 

人気ブログランキング【ブログの殿堂】 にほんブログ村 哲学ブログへ にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ ブログランキング・にほんブログ村へ にほんブログ村 哲学ブログ 仏教へ

| | コメント (0)

特訓中

Dsc00609いよいよ明日は、愛息の得度考査です。小学生は、「正信偈」と「仏説阿弥陀経」が読めるかどうかが考査の内容です。

今日も夕方、お内仏の前で特訓です。「ぶぅ~っせぇあみだきょぉ~」とカワイイ声が響きます。「ゆっくり、大きな声で読んでごらん」といっしょに読んだり、ひとりで読ませたり。

少々照れくささはあるものの、嫌がらずにやっているので安心しつつ、「明日は、パパとやったとおりにゆっくりと、大きな声でやったらええねんで」と言い聞かせ、「うん! がんばるよ!」とたのもしい言葉です。

よもやこんなかわいい子を落とすほど、別院の輪番さんも鬼ではなかろうと親馬鹿全開で明日を思いやる父親でした(苦笑)。

<今週の予定>

6/7>終日~月忌

6/8>11:00~T家にて7回忌法要

6/9>終日~月忌

6/10・11・12>午前~月忌・午後~寺務

6/13>休務日

人気ブログランキング【ブログの殿堂】 にほんブログ村 哲学ブログへ にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ ブログランキング・にほんブログ村へ にほんブログ村 哲学ブログ 仏教へ

| | コメント (2)

お金の魔力?

Dsc01534金沢近郊のとある在所(農村)に月忌参りに行ったときのこと、お茶をいただきながらそこのお嫁さんといろいろ雑談をしていました。

その在所は近年の区画整理によって、田畑が姿を消し、スーパーマーケット、本屋、電化製品の量販店などが軒を連ねる場所となりました。田畑を売り、また貸しお金をいただいた家が多いとのことです。

しかし、お嫁さんいわく「この村の年寄りは、みんなボケてく一方なんよ」と。ほとんどのお年寄り方は、生まれながらのお百姓さんです。そこに嫁いできた女性たちも、多くは同じ村や近隣の村からきています。

土曜も日曜もなく田畑とともに歩んできたご老人方が、ある日からもう田畑へ行かなくていいといわれても何をしていいやらわからない。日がな一日テレビを見てせいぜい散歩して過ごす毎日です。デイケア等に行っている方はまだいいのですが、頑なに拒否する方もけして少なくないといいます。

日に焼けた顔、ごつごつした手でおいしそうにお酒を呑んでいたとあるおじぃちゃんも、田畑がなくなってどんどん衰えていかれました。ずっと家でごろごろしていてはお酒もおいしいはずもなく、食欲もわかない。

兼業している息子さんたちの多くは、できれば農業をやめてしまいたいというのが本音です。そこへ区画整理の話が持ち上がり、農業はしなくてもいいわ、お金は入るわで飛びつくという話です。あまりにも農業を大事してこなかったこの国のあり方が生んだ悲劇といってもいいかもしれませんね。

人が生きる上でお金は必要ですが、常に大事なものの二番目以下に置いておきたいものです。お寺はお金持ちだから言えることとおっしゃるかもしれませんが、みなさんが思ってるほど楽ではないんですよ。お布施は、ちゃんと世相を反映するのですから。

人気ブログランキング【ブログの殿堂】 にほんブログ村 哲学ブログへ にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ ブログランキング・にほんブログ村へ にほんブログ村 哲学ブログ 仏教へ

| | コメント (0)

あるがまま

Ok19p急がず あせらず あるがまま

これは書画家・岡本肇さんの作品ですが、猫好きなボクはここ数年ずっとこの方のカレンダーを使用しています。

なんだか、ほのぼのと、それでいて当たり前のことなんだけど、じんわり心に届いてくる言葉がいいですねぇ。あるがまま、昔、京都にいたころ出あった禅宗のご住職との出逢いを思い出します。あせっても急いでも、みなあるがまま、でいいじゃないですか。

ちなみに今月は「蝸牛 のんびり歩く 雨あがり」と、梅雨入りする6月らしい言葉となっています。そこに傘をさした猫たちがアジサイを囲んでいる絵なんです。蝸牛(カタツムリ)なんて、大人になるとじっくり観察することもなくなりますが、梅雨の時期を代表する生き物ですよね。

アスファルトとコンクリートの空間を、鉄でできた乗り物で移動する、そんな味気ない日常から、ほんの少しだけ開放してくれる岡本さんの作品に癒される今日このごろです。

人気ブログランキング【ブログの殿堂】 にほんブログ村 哲学ブログへ にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ ブログランキング・にほんブログ村へ にほんブログ村 哲学ブログ 仏教へ

| | コメント (0)

« 2008年5月 | トップページ | 2008年7月 »