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葬儀にて・どうして?

Dsc01286 本日は、10:00からM家の葬儀、その合間に月忌5軒を勤め、午後からは役僧T氏とともに在所の報恩講を5軒(うち2軒が法事兼)、夜にも月忌をい1軒と駆けずり回っていました。

この時期は葬儀が多い時期であり、報恩講と重なることはやむを得ないのですが、今日の葬儀での出来事でどこか1日気が晴れなかったのです。

今年になってからしばしば見かけるようになったのかと思いますが、葬儀の真っ最中の私語がありました。それは、たいがいお焼香中にあるのですが、本日の場合はヒソヒソというのではなく、普通の声でしゃべり続けるおじさんでした。

見たところ、品のいい初老の紳士風のこのおじさんは、自分のお焼香が済むと自席にもどり、隣の人にさかんにしゃべりかけているのです。多少のあいさつ程度なら、と思っていたのですが、延々続くので後ろのT氏にちらっと目で合図し、式場の係員に注意していただいた次第です。

どうして? 今、この場で声高にしゃべる必要があるのか?

どうして? 今、この葬儀の場でじゃべってよいと思うのか?

あとでT氏が式場の係員に聞いてみると、こういう人はここ最近急増しているとのことです。ボクが覚えているだけでも、今年3、4例ありますもの。

以前にも書きましたが、場をわきまえる、姿勢を正す、礼を尽くす、そんなあたりまえのことができない、しない人があまりにも多くなってきました。これは葬儀の場に限ったことではありません。

ご法事にて、足腰が悪いわけでもないのに最初からあぐらをかいて合掌する人、お墓参りに来て分別もしないであらゆるゴミを捨てていく人、境内地での自分さえよければよいという駐車の仕方、歩きタバコに投げ捨て等々。

いったい何をしに葬儀に、お寺に、ご法事に来ているのですか? 自分が礼を尽くして初めて自分も礼を尽くしてもらえるのですよ。仏の前では、社会的な地位は関係なく、与えられた命を生きる一人として、みな平等なんですよ。

今さらこんなことを言わねばなりませんか?

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