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ご先祖は便利屋ではない

Dsc00466 役僧T氏から聞いたお話です。

前日、某墓所にて読経を依頼されたとのこと。ひとりの初老のじご婦人がお墓の前で待っており、お華を供え、おローソクとお線香に火を灯されたところ、お華をお墓の方に向けて立てていたという。

T氏は疑問に思って、なぜ後ろ向けなのか? と尋ねたところ、ご婦人は「細木先生がこうしろとおっしゃったので」とお答えになったとか。T氏は呆れ顔でそう話してくれました。

以前より、こういったケースが増えていて、何度かここでも書いたかと思いますが、本当に困ります。細木さんが何を言おうとボク的には興味もありませんが、一体なにを根拠に仏事を語っているのかがわかりません。

寺の御堂はもちろん、お墓やお内仏(仏壇)のお荘厳がなぜ私たちの方を向いてなされているのか? それは、我々が仏さんに対して供養などをする前に、仏さんの方から我々に願い(本願)と教えがかけられているという意味があるのです。

人は必ず死ぬ、わかってはいてもまだ大丈夫だろうとタカをくくって生き、生かされてあることを忘れ、俺俺が、私が私が、と自力を行使し日常を送っている我らに一寸先は闇、つまりあなたの死は一寸先に訪れるかもしれないのですよ、生かされてある今、その一寸一寸を大事に大事に悔いのないように生ききってくださいね、そう願われてあるのがこの身です。

そして、亡くなった親しき方々(ご先祖)は身をもってそのことを我らに教えてくださってある存在なのです。

ですから、細木さんの言うような「先祖供養をないがしろにすると、幸せが逃げていく」というような浅はかなものではないのです。自分の幸せのために先祖を大事にし、大事にしないと不幸になる? ご先祖はそんな便利屋さんではありません。

ボクにも、これを読んでくださっているあなたにも両親がいて生まれた存在ですよね? 離婚しているとか、亡くなったとかではなく、物理的な話です。とすれば両親もその両親がいて生まれた存在です。その両親にも、そのまた両親にも、途方もない命のつながりによって、この世に生まれさせていただき、途方もないご縁のおかげさんで今日まで生きてこられたこの身をありがたいと、思うか思わないか、そこが問われてあるのです。

わが身の存在証明、それがご先祖を思い感謝するということであって、ご先祖にご利益だの、幸福だの、開運だのを求めてもムダです。ご先祖は、生きてる者の都合で、守護神にしたり、祟る怪物にしたりしているような浅はかな存在ではありません。

私は今ここに存在し、今日まで生かされてあるということを大事にできない人には、なにをもっても幸福なぞ感じることさえできず、際限のない欲望に振り回されるだけですから。

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