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カメダ問題からの視点

Main_image 今日はJ寺さんの報恩講に参勤し、お調声を仰せつかりましたが、見事に失敗しました。「正信偈」の真四句目下という読み方ですが、このパターンのお調声ははじめてで、今朝も役僧T氏に教えられて練習したのですが、うまく声を合わせることができませんでした。もっと精進します。

さて、世間ではボクシングのカメダさん親子の話題で持ちきりのようですが、愛も変わらず持ち上げるだけ持ち上げたメディアは、手のひらを返して非難ごうごうと調子のいいことですね。

ボクは、あの親子にはプロスポーツ選手として以前の問題性を感じていることは以前にも書きました。親も子も人としての未成熟さというか、自分たちがすべてであり、他のあらゆるものに対して敬意を表するということがまったくない、自己中心的存在であるということです。

そういう意味で、今回の試合に出た次男も王者である長男も、これから出てくるであろう三男もとてもかわいそうです。ボクシング以外に人としての成長することを教えられてこなかったからです。あの聞くに堪えない暴言の数々は、そこにそのまんま父親の姿が投影されるのです。ボクはプロレスが好きですが、プロレスラーだってあそこまで人を人とも思わない暴言は吐きませんよ。

彼らに比べて、長男と闘ったランタエダ選手も、次男と闘った内藤選手もひとりのプロのファイターとして立派であるとともに、大人でしたね。今回の一件で長男も次男ももちろんですが、誰よりも父親に反省し、親としてのあり方をしっかり見つめなおす機会にしていただきたいものです。

そして、今回の一件を見ている我々は、ただ非難し文句を言うだけでなくそこから自分に目を向けていきたいものです。たとえば、めちゃくちゃな理由で給食費を払わない親、なにかにつけて学校や幼稚園等にクレームをつける親、ご法事や公共の場で騒ぐ子どもを叱らない親等々、そんな親はこのカメダさんと同じなんですよ。

社会に出ても苦労しない学歴を与える前に、社会に出ても恥ずかしい思いをしない子どもを育てることを前提に、子どもといっしょに育っていくのが親です。だって、親は子どもが生まれて初めて親になるのだから、万能であるはずもなく、子どもが10歳なら、親も親になって10歳ですから。

ボクだって、こんなことを書いていながら親としての至らなさの数々を思い起こして恥ずかしくなっているんですよ。だからこそ、これを読んでくれている方々にもいっしょに考えていただきたたいなぁ、と思うんです。カメダさん親子を非難するだけなら、誰でもできます。

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