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ようこそ、ようこそ

Dsc01127 昨日19軒、今日10軒と内灘地区の報恩講をつとめてきました。昨日は30度を超える猛暑日、今日は強い雨の中でのおつとめとなりました。

世話役のFさん、Nさん、Mさんありがとうございました。この内灘地区は、当寺にとって長年最大数のご門徒を抱える在所であり、現在でも60軒ほどありますが、昨日は2軒のお宅から離壇(門徒を離れる)したいとの申し出がありました。面と向かって言われることは稀なことで、面食らっていまいましたが、「どうか、お内仏を大事にしてくださいね」と言って辞去してきました。

実際、この地区のご門徒はここ20年ほどの間に半分に減少しています。そのころまでは、永代祠堂経といい、報恩講といい、寺の行事には電車~バスを乗り継いで大挙して参詣されたものですが、今では「息子にクルマに乗せてもらわにゃ、寺に行かれん」とそのお姿は見られなくなりました。やはり、お寺に来ないとその親近感も薄れてくるのでしょうか。便利になったはずが、逆に距離感が広がっています。

昨年も書きましたが、そんなこの地区のF家のおばあちゃんはボクらが行くと小さな体をふかぶかと折り曲げて「ようこそ、ようこそ」と涙声で迎えてくださいます。ボクが「おばあちゃん、お元気そうで。今年も、またお会いできましたね」と言うと、「ありがとうございます、ありがとうございます。本当にありがたいことです。ようこそ、ようこそ」と言い、正信偈を拝読している間も小さな声で「なんまんだぶ、なんまんだぶ」と合掌をとくことなくつぶやいていらっしゃいました。

「ようこそ、ようこそ」、訪れた者にとって、こんなにうれしい言葉はないように思います。生きている、生かされてある限り、一寸一寸の時間を進むたびに、我々はさまざまなご縁に遭遇しています。それを良い、悪いとより分けて一喜一憂していますが、本来はすべてのご縁は、わが身に起こった事実として「ようこそ」と受けいれていくもの。だって、今を生き生かされてあるからこそ、出会えるご縁だからです。

このF家のおばあちゃんにとって、年に一度の報恩講をお迎えすることはそんな生き生かされてきたこの一年の節目なのかもしれません。このおばあちゃんに限らず、どなたに対しても来年もお会いできるかどうか、それは誰にもわかりません。でも、今年もお会いできたご縁に感謝しいたします。

<今週の予定>

9/29>11:00~M家にて3回忌法要・13:00~Y家にて49日法要・19:00~N家通夜

9/30>午前~月忌・10:00~T家にて50回忌法要兼報恩講・11:00~N家にて7回忌法要・13:30~内灘地区報恩講4日目

10/1>休務日

10/2>終日~月忌

10/3>終日~月忌・11:00~K家報恩講

10/4・5>午前~月忌・午後~寺務

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