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S家のばぁちゃん

Dsc00946 今日の午後、S家のお母さんから電話がありました。「おばぁちゃんが亡くなりました」と。そのときには、枕経や法名の有無等、必要事項を聞いて対処していましたが、電話を切ってからどっと胸に押し寄せるものがありました。

というのも、S家のばぁちゃんは本当の念仏者であり、ボクにとってもおそらく一生忘れられない方だと思うからです。ここ2、3年闘病されていましたが、それ以前には毎月のお参りの際にいろんなお話をさせていただいていました。

本や新聞を読むことが好きで、新聞の切り抜きなんかを集めていたこと、田畑の草むしりや虫退治の際、「なんまんだぶ なんまんだぶ」と唱えておられ、「人間の都合で草や虫の命を奪わにゃならんもん」とその理由を話してくれたこと、「婆さ息災、これ面倒」と、自分が元気であることを申し訳ないとおっしゃり、ご家族への感謝をされていたことを思い出します。

「若さん、わしがわしがて言うたらアカンぞ」と我を張ることをいつも諫めていらっしゃいました。「人が集まると、そこにおらん人の悪口ばっかりや。ばぁちゃん、そんなんイヤや」と寂しそうに言っていた姿が印象的でした。

ご主人を亡くされてから、なにかと頼っていた近所のお兄さんを亡くされてから少しづつ、少しづつ元気がなくなっていきました。

このばぁちゃんの在所(村)の報恩講では、昔からS家が我々の昼食を用意してくださっています。みたまと呼ばれる黒豆のおこわ、ひろうす、炊き合わせ、お漬物等、ほとんどが手作りで、とてもおいしいお斎(とき)です。我々が食べているのを、うれしそうに見ておられたばぁちゃん。ばぁちゃんが闘病中には、お嫁さんが「アタシが元気なうちはさせてもらいますよ」と、ばぁちゃんに負けないお斎を用意していただきました。

この家では、ばぁちゃんからお嫁さんにちゃんとS家の主婦の気構えが受け継がれているなぁと、何やらそんなおふたりのお姿にこちらもうれしくなったものです。そして、垣間見るS家には、お孫さんたちにもそれが受け継がれつつある姿がちらほら。

ばぁちゃんは、きっと82年の生涯を空過することなく、生き切っていかれたのだと思います。残された者たちの姿に、ばぁちゃんが反映されていますもの。ばぁちゃんありがとう。ボクの中にも、ばぁちゃんの姿がしっかり刻み込まれていますよ。合掌

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