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困った大人を見て育つ子とは?

Dsc00609 すこぉし、少しづつですが秋に気配を感じるようになりましたね。夏場は朝、5時ごろに寺の門を開けるのですが、立秋を境に少しづつ暗さが増してきていますし、虫の声がチラホラ聞こえます。

しかし、例年だと1年で1番葬儀の少ないこの8月に、もう3軒の葬儀、法事の集中、暑さでバテバテで、明日は南砺城端方面へ報恩講に行ってきます。

そんな、葬儀やご法事で見かける困った方々が眼につきます。まず、ここ2回ほどの葬儀で、お焼香後にしゃべりつづけるご婦人方です。なぜ? 今しゃべらなければならないのか? と疑問に思います。2回目のときには、さすがに役僧T氏が斎場の係を呼んで注意してもらいました。ボクが振り向いて言うわけにもいかないので、T氏の判断に救われました。

そしてご法事では、以前にも書きましたが正座をしようとしないいい歳した親父さん方です。足腰が悪い方に強制はしませんが、そうでない方に言いたいのは正座をしなければならないという以前に、姿勢を正すという気持ちの問題です。痺れたら崩してもいいんです。ご法事が始まるところからアグラをかいて合掌をするその気持ちが、違うでしょうと思います。

ちなみのこの2つのケースは、どちらも今どきのお年寄りの話です。じぃちゃんやばぁちゃんの背中を子どもが見、その子どもの子どもがまたそれを見て育つ、年長者として、その自覚なき姿と言えますよね。

今の世の中がおかしいのは、何も政治や教育が悪いだけでなく、あなたの家はどうですか? という視点で見て判断すべきことです。あなたは、子や孫の規範たる年長者ですか? という問いに「はい」と応えられますか? 仏事に際して、姿勢を正すことさえできない大人を見て育った子どもに、敬語や礼儀をどうして求められますか?

厳しいことを言うようですが、しかしそんなに難しいことではありませんよ。あたりまえのことをしっかりしていきましょう、それだけの話です。タカをくくって、適当にこなすのはやめましょう、それだけの話です。

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