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「うらやましい」という病?

2007060100000020spnavifightview000 皆さんは、病院のハシゴというのをしたことがありますか? 内科と外科とかいうのではなく、外科なら外科を何軒も回るということです。

あるとすれば、ある病院の診察等に納得いかず、よりよい病院をさがす場合とかですよね、きっと。でも、ボクが月忌に行っているS家のおばあちゃんがハシゴする理由は、その逆なのです。

たとえば、とある病院で歩いていてフラフラするという理由を言うと、そこのお医者さんは「今、そこのドアから入って来られた様子を見るかぎり、しっかりと歩いていらっしゃいますけどねぇ」と言われる。すると、おばあちゃんはそれが気に入らずに他の病院へと行って、また同じことを言い、「では、お薬を出しましょう」と言われると納得するらしい。

このおばあちゃんの兄嫁さんに言わせると、やや高血圧気味以外は特に悪いところはないそうです。先日行ったときにも、「今度、杖を買おうかと思ってるのよ」とおっしゃる。しかし、ボクもお医者さんのおっしゃるとおり、この人は腰も曲がってないし、シャンと歩いているようにしか見えないので、「ぜんぜん必要ないように見えますよ」と言うと、がっかりしたような顔をするのです。

そして、「みなさんアタシに、元気でいいねとか言うんだけど、アタシは病気で心配してもらえる人の方がうらやましいの」と言う。そこで、やっと理解できたように思いました。このおばちゃんには、息子さんがひとりいますが、独身主義者とでも言うのか、もう50は超えていると思うが東京でひとりでいらっしゃるらしいのです。まれに、金沢に帰ってきて数日泊まってもほとんど会話もないとのこと。

さびしいのです。誰かに心配し、いたわってもらいたいのです。だから、病気になれば誰かが心配してくれて、気にかけてくれる、だから病院をハシゴしてでも病気だと言ってもらいたい、ということなんですね。

そうとも知らず、ボクはこれまで「Sさんね、80も半ばでお元気やしこんな立派なマンションにお住まいやし、他のおばあちゃん方からみたらうらやましい限りじゃないですか」と言っていました。

人は、端から見れば満ち足りていてもけっして心まで満ち足りているとは限らないのだと感じました。心が満ち足りていないのです。ボクが彼女に言ったことは、本人も理屈ではわかっているのだろうと思います。でも、心だけは理屈で割り切れないものなんですね。来月、そこらを踏まえて接してあげられたらいいなと反省しきりです。

<今週の予定>

6/16>午前~月忌・11:00~寺にてW家7回忌法要

6/17>10:30~南砺市I家にて33回忌と7回忌法要・夕方~月忌

6/18>午前~月忌・10:00津幡I家にて墓経・午後~寺務(在寺=予定)

6/19>午前~寺務・午後~月忌

6/20>午前~月忌・午後~寺務

6/21>休務日(在寺=未定)

6/22>終日~月忌

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