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お弔い

Dsc00833 今夜はH家のお通夜でした。5月に入って4件目のお弔いでした。例年だと、この時期のお弔いは少ないものなのですが、朝晩と日中の気温差があるせいか今年は多いですね。

お通夜では、お弔いという言葉の語源には、「たずねる」という意味があるそうです。そんなお話をさせていただいています。人は亡くなると、「ほとけさん」と呼びます。なぜ? 「ほとけ」とは「教えを説く存在」を言います。

我々がお弔いに来るということは、その「ほとけ」の「教え」を「たずね」に来ているということです。「ほとけ」は、我々がまだしていない「死」という教えを身をもって教えてくださっています。

日常の生活では、生きていることを当たり前の前提として、どこかで「まだ、5年や10年は大丈夫だろう」とタカをくくって過ごしている。だからこそ、そうではない、一寸先には「わが身の死」というご縁をいただきかもしれない今、この身を生きている、生かされてあるのだという「ほとけ」の教えをたずねに来ているのです。

親しき方の死に際して、悲しみや悔やみ、供養といった情は当然のものです。でも、そこにある「死」という現実から、わが身に教えられてあることをしっかりと持って帰ること、それがお弔いの本来の意味であろう、そう思います。

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