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いただきます!の主語

P1170902 食事の時に「いただきます!」と言っていますか?

食事を終えたら「ご馳走さまでした!」と言っていますか?

とある小学校で、「ちゃんと給食費を払っているのに、そんな貧乏くさいことを子どもに言わすな」というクレームがあった、という話は以前にしましたが、今一度考えましょう。

「いただきます」の主語は「命」であり、動植物の命をいただき私のこの命を保持させていただくことへの感謝の言葉です。「ごちそう(ご馳走)さま」は、その命を私に代わって殺していただき、それを食材として馳せ参じて提供していただいた方々へのご苦労への感謝の言葉です。

それを「あんなまずいものを食べさせられているから」というような、言語道断な理由で給食費を払わない親たちの馬鹿さ加減に呆れてしまいます。給食費を払う払わない、それ以前の問題です。

最近よく聞く言葉に「食育」というのがあります。食を通して、人を育むこと、食事の時間は、親子が、先生と子どもたちが、さまざまなことを学ぶ場であるという考え方ですね。

ケイタイ電話に数万円も使っていても、食事はコンビニやファーストフードばかり、そんな世情では食育も何もあったもんじゃないですよ。愛息が幼稚園のときにも、よくお弁当の日にお弁当を持ってこない子がいて、先生がその子の母親に電話すると、母親は「そこらのコンビニで買い与えてください」と平気で言ったらしいです。

そのコンビニで買うという行為を先生にさせるということもびっくりですが、子どもがかわいそうでなりません。幼稚園では、かわいらしいお弁当箱に色とりどりの食材を詰めてあり、子どもたちがどれだけ楽しみにしてるかをまったく感じていないのでしょうか?

以前にも書きましたが、愛息が四歳のころ相方が骨折して二週間ほど入院いたとき、ボクがお弁当をつくって持たせました。幼稚園の帰り、愛息はうれしそうに「パパのお弁当おいしかったよ!」と言ってくれたとき、家に帰ってきれいに空っぽのお弁当箱を見たときの感激は今でも忘れません。「ありがとな!」と愛息を抱きしめ、「パパがんばって次もおいしいの作るでぇ!」と張り切ったものです。

食事は生きる上で大事なことは今さら言うまでもないこと。でも、その言うまでもない、当たり前のことがおろそかになっている世情をしっかり見直し、また愛すべき者たちとの食事の場を大切なご縁としましょう。そんな気持ちを大事にすることが第一で、お金を払うことは自然にあとからついてくるのではないでしょうか? 給食やお弁当は、子どもが大人になってもいい思い出となって残るものですからね。

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コメント

細かいことを言うようですが、
(文法上の言葉では、「~が○○する」の「~」を主語といいますよね。ですから、)
「主語」は“私”あるいは“我々”ですよね?

つまり、
『我々人間は、今、動植物の「命」をいただきます。
そのお陰で、この命を今日も維持できます。
誠に有難うございます。』
と考えますが、いかがですか?
もしかしたら、
『私のこの命が、生きることを維持するために、
他の生命をいただきます。』
という解釈ですか?
であれば、「命」が主語のなりますかね。

話が変わりますが、
ご住職は立派ですね。
私は、子どもに弁当を作ってあげる機会が
今までありませんでした。
(今後、あるかもしれませんが・・・。そんな時、私が自分で弁当をちゃんと作れる自信がないです。毎朝、ギリギリの生活をしているので・・・。反省ですね。)
子どもさんの喜びや、嬉しかった想いは、
きっと素晴らしい思い出になっていることでしょうね。


投稿: 喜右衛門 | 2007年1月25日 (木) 23時09分

さすが現役教師さん、失礼しました。「命を」いただきます、の場合、「命を」は何語に当たるのでしょうか? ご教示ください。

一人暮らしが長かったことと、家事が嫌いでない(小さいころからよくお手伝いをさせられていたせい?)せいで、おにぎりは得意なんですよ~(笑)♪

今でもウチは、配膳やおかわりは両親もボクらも各自でします。

投稿: Kei@住職 | 2007年1月26日 (金) 12時22分

些細なことを指摘してすみません。
この、『「命を」いただきます』の場合、
「命を」は“目的語”になりますね。

しかし、眞宗の昨年度からの“御遠忌”テーマ、
『いま、命があなたを生きている』という標語から考えると
私というものは、御仏からいただいている
「命」そのものであるわけですから、
そういう解釈をすれば、
「命」が主語でもいいようにも感じますが・・・。
『私を生きている「いのち」が
 (他の生き物の生命を)いただきます』って、
どうでしょうか?

投稿: 喜右衛門 | 2007年1月26日 (金) 23時48分

目的語ですか? なるほど、勉強が足りませんでした。『私を生きている「いのち」が(他の生き物の生命を)いただきます』、いいですね! そうすれば主語として成り立つわけですね?

ご教示ありがとうございました!

投稿: Kei@住職 | 2007年1月27日 (土) 11時53分

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