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視線の呪縛?

Dsc00773 金沢に帰ってきて、この春で丸八年になろうとしています。その間、ずっと感じることがあるのですが、皆さんはどうなのでしょう?

というのは、他人の視線です。街中をクルマで走っている、特に住宅街なんかで歩行者と目が合うと感じることが多いのです。また、当寺の前を通る歩行者からの視線、これはお寺だからと思っていましたが、けっこう歩きながら家々を見ながら歩いている方の姿を見かけます。

かつて、本山で出版の仕事をしていたときに出会った文化人類学者のU先生がやはり同じようなことを感じると語っていたのを思い出します。このU先生、もともとは生まれも育ちも東京で現在は東京工業大学にいらっしゃいますが、当時は四国の某県の大学で助教授をされていました。

取材後の雑談で、「いやぁ、地方都市って怖いですよ」とおっしゃるので、よくお聞きすると、「常に人に見られてる感じがして、落ち着かないんですよね」と苦笑されたのです。ボクは、そのときはあまりピンとこなかったのですが、今はよくわかるような気がします。

東京などの大都市では、普通の生活の中で人と目が合うことなどほとんどあり得ません。人が多いこともあって、歩いていても周囲の人を歩く上での障害物として認識し、自分より遅い人は抜くだけの存在です。それも、視線は自分の歩く数歩先の道であって、人の顔に視線を合わせることはあまりないのです。

U先生は、身についたそんな歩き方をしていて、「たとえば、ふと顔を上げると身も知らない人と目が合ってびっくりするんですよ。カルチャーショックです」と笑っていましたが、東京に戻られて再会した先生は、「やっぱり東京は落ち着きますよ。人に気にされる、人をきにするって結構しんどいことなのかなぁ」とちょっと複雑な笑顔で語っていました。

とあるお宅でお参り後に、そこのおばあちゃんが東京の息子さんの家に行ったときに東京の人はみんなうつむき加減で歩いていて、それが不思議でいろんな人を見ながら歩いていて、ぶつかってばっかりだったと話されていました。

ボクは、「そんな歩き方してたら、あぶないですよ。人を見てないで流れに乗って歩かなきゃ」と言うと、「だって(人を)見たいんですもの」ときっぱり(笑)! 金沢暮らし(計18年)より、京都と東京での暮らし(計21年)が長いうちは慣れないのかもしれませんね。

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コメント

私は、もともと田舎の人間で
(大学は4年間、京都でしたが・・・。)
道行く人と、視線が合い、
挨拶を交わすのが当然と思っていましたので、
ご住職の疑問が理解できません。
わかりませんね。

そもそも、最近は町の道を歩く人が減っていますよね。
そんな風に生活の一場面として道を歩くこと、
屋外で生きている人が少ないことを
危惧しています。

その助教授の先生の感想こそが
私には“怖い”のですが・・・。

投稿: 喜右衛門 | 2007年1月25日 (木) 17時21分

すみません。ボクもうまく伝えることができていないのかもしれませんね。ただ、ボクもこのU先生も、そんな地方都市の在り方を否定しているわけではないのです。

慣れの問題だと思いますし、長所短所があると思います。常に人と近い距離にあることは、つながりが密接であり相互援助がスムーズでしょう。その反面、どこか監視されているような不自由さも感じます。

それが希薄だと、孤独感を感じる人と逆に開放感と感じる人がいます。実際、20年前ボクが東京に住み始めたときに、渋谷のスクランブル交差点で感じたのは後者でした。これだけの人があふれているが、ここにはボクを知っている人はだれもいない、その開放感は忘れられないですね。

では、人と人の真のつながり、関係を開くとは? 専修学院の寮での濃密さは、時間と共にこれまた開放感でありました。一概に良い悪いとなかなか言えない問題ですね。まだ、うまく伝わってないですね(苦笑)。

投稿: Kei@住職 | 2007年1月25日 (木) 17時51分

「開放感」を感じるということは
よっぽど、ご住職は田舎で
監視されているような窮屈感を感じていらっしゃったのですね。
(私には、慣れの問題ではないように感じます。)
これは、地方都市の問題ではなく、
それに対して良い・悪いなどという判断を下すことが、
現代日本の問題ではないでしょうか?

投稿: 喜右衛門 | 2007年1月25日 (木) 22時56分

中高生時をお寺で育ったせいか、周囲に他人がいるのが当たり前の生活だったからでしょうかね、きっと。良い悪いの判断は下してませんよ。

投稿: Kei@住職 | 2007年1月26日 (金) 12時17分

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