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無差別級忘年会

Dsc00347_2酒をふるまえ 寄り合い談合せよ モノを言わぬ者は恐ろしいぞ」

人が集まると、蓮如上人はそう言われたといいます。寄り合い談合、現在ではどちらかというと、あまりいいイメージのしない言葉ですが、腹を割って話せ、そしてその潤滑油としてお酒をふるまえと言われたのでしょう。人と人が交わる最善の方法だということでしょう。

しかしながら、実はボクは寄り合い、つまり集会や会合といったものが苦手なのです。腹の探りあいであったり、利用されるという思いが強くてなかなか参加しない人なのです。

でも、毎年一回、今年は明晩に行われる忘年会は、そんな人もこんな人も、とにかく呑もう! という集まりなのです。もともとは、ウチの役僧T氏と仲のいい数人から始まり、ようはお寺の組(そ=寺組織の単位)とか、寺格やキャリアや年齢ではなく、一年がんばった、それもこの報恩講も秋を乗り切ったという達成感を分かち合う集まりなのです。

ボクはそれを勝手に無差別級忘年会と言っているのですが、参加するのは20代~30代~40代で、役僧T氏(45)は最年長の部類だったりします(笑)。日頃の法務では、なかなか出会うことのない人々と出会えることや、無差別というコンセプトから本当に「一年ご苦労さんでした!」という苦労を分かち合うために、うまい酒を呑みます。明晩は楽しんでまいります。

とはいうものの、そこはお坊さんの集まり、お通夜での欠席や遅刻は暗黙の了解ですよ(苦笑)。

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コメント

へ~、そうですか。
蓮如上人がそのようなことを仰っておられましたか。
私も、腹を割って話をすること、寄り合いや談合、
大事だと思いますよ。
(さらに極端なことを言えば、この日本では“談合”は必要なことではないでしょうか。“談合”がなくなって、地域の会社の仕事は、ずいぶんと減ったと思いますよ。だって、競合・入札の制度は、“会社の体力”のある大企業にこそ良い制度ですが、小さな、地域に根ざした会社はどんどん潰れてきてますよ。)

ただ、私は、「お酒を飲まないと本音が話せない」という考えには、
ひどい違和感があります。
私が飲めないのもあるのでしょうが、
“本音”や“大事な取り決め”は
お酒なしで、話をしてもらいたいなあ、と思います。
素面での寄り合いでこそ、
重要な物事は決めて欲しいのです。
というのは、お酒に頼ってしか話が出来ないのは
“真の大人”でないように思います。
話が決まってから、お酒を飲むのは当然、良いことですよね。
私も飲めないながら、酒席に参加するのは嫌いではないです。

昔は、無理に進める人が多くて、イヤでしたけどね・・・。
今でも思い出して不快になるこんな思い出もあります。
「お酒が飲めへん、男は男やないわ!」って酔っぱらった女性に言われたこと。
無茶苦茶、腹が立ったこと忘れられません。
その人とはその後も何度も会いましたが、私はそんなこと、別に気にとめるようなそぶりはしませんでしたが・・・。
しかし、20年経った今でも覚えている、執念深さ(笑)。

投稿: 喜右衛門 | 2006年12月19日 (火) 12時04分

おっしゃること、ごもっともです。
呑めるボクでも、「呑め呑め」と強要されるのは何より嫌です。また、接待などで自分のお猪口をススメれらるのも嫌ですね~(苦笑)。

ただ、お酒に頼るというより、語り合うためのあくまでも潤滑油であればいいと思いますし、ピッチの早い人、遅い人、それぞれがそれぞれの呑みたいものを好みの形で呑んだらいいと思います。もちろん大事な決め事の席にお酒は無用です。

しかし、20年はすごいかも(苦笑)。

投稿: Kei@住職 | 2006年12月19日 (火) 18時27分

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