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長老の言うことにゃ

Dsc00620_2 本日は、当寺の元総代をつとめられていたT老宅の報恩講でした。毎年ここは、夕方に役僧T氏とともに報恩講をつとめ、そのあと会食をするのが恒例なのです。

「正信偈」を唱和し、T家で用意していていただいたご馳走(前述参照)とともに一献いただきます。大きな飛龍頭(「ひりゅうず」=京都では「ひろうす」=関東では「がんもどき」=金沢では「ひろず」と言う)、各種お野菜の煮しめ、旬のお刺身等がところ狭しと並ぶ中で、焼酎を傾けながら会話が弾みました。

T老(86歳)は、当寺の門徒でよかった、と口癖のように言われ総代時代の思い出話を語ってくださいます。思えば当寺の庫裏建替えという大事業をなすために、前住職とともに多くのご門徒宅を訪問し、ご寄付のお願いをして歩いていただきました。

いわく、「わしゃ、前住職が好きやったんや」と。だからこそ、共にあの大事業に尽力できた、ということなのでしょう。そして、現在の寺、現住職であるボクのことにもご心配をいただいているのですね。ボクが話す、さまざまな近況や寺のビジョンにも、「おお! それはいいことです! やってくだされ!」と激励していただいてます。

ただ、今夜はだいぶ酔いが回ってきていたらしく、軍隊時代の話に花が咲きすぎて、60年前の愛国青年に戻ってしまいお話があっちゃこっちゃへ飛んでしまいました(苦笑)。

その前までは、「自力を行使できるのも、他力によって生かされてあることが前提にあってこそ」という話をしてただけに、少し残念というか、ある意味では現実を思い知らされた気もしました。

親鸞聖人の説かれたお念仏の教え、それを語りあった、しかし、現実には排他的思想が根底には根強くある。真宗の教えは、現実の生活の中に根付くことはむずかしいのだろうか? と考えさせられました。T老にとっては、軍隊時代は青春と命をかけた時代であり、それがすべてだった、理屈ではそうわかっていても、どこか割り切れない思いを持って帰ってきました。

故竹中先生の「選ばず・嫌わず・見捨てず」との言葉を実践していくことの高い壁を感じました。しかしながら、摂取不捨という阿弥陀さんのお心、ボク自身がどこまで実生活の中に根付いているのだろう? ただ念仏申すべし。

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