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明日をも知らぬ身なり

Dsc00347_1 ちょうど一週間前のことです。ボクよりひとつ年下でF寺のI君が、某寺の報恩講出仕中に倒れました。

くも膜下出血との診断に、ボクらの間に衝撃が走りました。幸い翌日の手術が成功し、一命を取りとめ、現在順調に回復中とのことです。

しかし、日頃「一寸先は闇」であり、一寸先には自らの死というご縁もあるかもしれない今を生かされてある、と話していながら、ボク自身がそのことを認識していなかったことに気づかされました。

まだ若いし、大丈夫や。そうどこかで根拠のない自信を持っていたのです。その自信は、I君が倒れた事実で崩され、決してそうではないという現実を突きつけられました。

蓮如上人には、「朝には紅顔あって、夕べには白骨となれる身なり」と御文に言われてあります。それを何度も拝読していながら、お恥ずかしい限りです。いつ白骨となるかわからない身だからこそ、「御生の一大事を心にかけて」いなければならず、それを忘れないために朝な夕なに阿弥陀さんに手を合わしているのです。

あとはI君の回復を願うばかりです。

<今週の予定>

11/25>9:00~O地区報恩講7軒・13:00~O地区報恩講4軒・15:00~K地区報恩講2軒・16:30~K家報恩講

11/26>月忌数軒・11:00~T家にて三回忌法要・月忌数軒

11/27>9:30~K家報恩講・月忌・11:00~M家報恩講

11/28>月忌数軒

11/29>15:00~N家墓納骨

11/30>月忌数軒

12/1>11:00~H家報恩講

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「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

ご住職様、こんばんは☆

コメントするのは久々ですが、拝見させて頂いていましたわん♪

>それを何度も拝読していながら、お恥ずかしい限りです。

それはご住職様だけに限らず、皆そうだと思いますわ。
頭では、そう思っていても、その実、周りで親しい人の病気や死に直面して、その都度、思い知らされるといいますか。。。

それにしても、Iさん、命に別状がなくて、なによりでしたね。

今週もお休みがない様で、ご苦労様です。
寒くなりましたので、どうぞ、お体に気をつけて☆

投稿: マリア | 2006年11月25日 (土) 04時06分

マリアさん、ありがとうございます。人は、すぐに大事なこと忘れる生き物です。蓮如上人が「御生の一大事を心にかけて」とつねづね言われていたのも、このためなんですね。

I君、早くもリハビリを開始する回復ぶりとのことで、もう少し落ち着いたら皆でお見舞いに行こうと思っています。

はい、今日も疲れました。早く呑んで、いや休みたいと思います(苦笑)。

投稿: Kei@住職 | 2006年11月25日 (土) 20時53分

蓮如上人の、「朝には紅顔あって、夕べには白骨となれる身なり」との御文、
最近身にしみて感じます。

本当に、明日どころか、
数時間後にどんなことがあるかもしれない、この年齢・ご時世。
(この世が、生まれた順に亡くなるのであれば、まだ覚悟も出来ますが・・・。)
いつ浄土へ旅立ってもよい、と常に覚悟して生きております。
残された者に、迷惑をかけないように
身辺の整理も少しずつしております。
今生きていることに感謝しつつ。
(しかし、達観しているわけではなく、毎日を充実させ、未来を夢見て、前向きに生きております。)

投稿: 喜右衛門 | 2006年11月27日 (月) 23時43分

蓮如上人の「白骨の御文」は、宗派や宗教を超越した心理をストレートに表現している名文ですよね。

>いつ浄土へ旅立ってもよい、と常に覚悟して生きております。

蓮如上人の言われた「御生の一大事」とは、まさにその心境だと思います。

昨日を思い、明日へ思いを馳せるのが人。でも、それも「今」を生きるこの身があるからこそだという自覚のことだと思います。

喜衛門さんの姿勢から、学ばさせていただく思いです。ありがとうございます。

投稿: Kei@住職 | 2006年11月28日 (火) 21時39分

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