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なつかしい場所にて(4)

Dsc00705 ボクが別科に残る、そう聞いて「君は、卒業したら真っ先に出て行くと思ったわ」、そう言う人もいました。

後に「Kさんは、どこに行っても反乱軍をつくる人」と評されたらしい素地はそのころからあったようです(苦笑)。

別科では、割り当てられた日の朝昼晩の食事のメニューを考え、予算内で食材を発注し、本科生の食事当番を指揮しなければなりません。でも、これがボクには、ハマッたようで本科時代以上に学院を楽しんだように思います。

もともと、大学時代4年間の一人暮らしで、自炊や家事全般を好んでやってたことが幸いしたようです。

でも、寒い夜に翌朝食のお米7升をといだことは忘れられない辛さでした。先日の学院葬で、ひさしぶりに食堂をのぞいたとき、その辛さを思い出し、なんだか泣けてきましたよ。それと同時に、そこで一緒に食事を作ったこと、食べたこと、「Kさん、今日の晩飯うまかったっす!」と言ってくれた人たちの顔を思い出し、メニューを決めるときに「あーだ、こーだ」とモメたことを思い出しました。

Dsc00711_1 ポニーテール姿がボクの別科時代のイメージらしく、学院葬で会った人たち(画像左)は「大人になったね~」と言ってくれました。って、もう来年40やっちゅーねん(笑)!

大学時代の思い出は貴重でかけがえのないもの。ボクもそう思ってます。でも、学院はそれをさらに深めてくれた空間でした。文字通り、同じ釜の飯を食い、裸の付き合いをし、テレビすらない空間で人と向き合い続けた二年間は、ここでしかできないものでしょうし、もうこの先にもない濃密すぎる時間でした。

ケイタイやインターネットでつながる関係が主流となっている今、生の人と人が向き合い、ぶつかり合う、そんな経験で得られるものを学院に行って再確認したように思います。竹中先生の死によって、学院は大いなる僧伽(サンガ=人が出合い、集い、生活する場)としての意味をそこに花開かせたのかもしれません。それを、今いる学院生たち、これから学院に集う人たちが受け継いでいってほしい、そう願います。そのうち、あの食堂でごちそうになりたい、そう思うひとりの先輩として。

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