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2006年11月

来年の年忌

Dento_higasi_1 残り60軒ほどの報恩講を前にしばしの小休止。でも、この期間に来年の年忌案内、つまり「お宅は来年○○さんの○回忌ですよ」というご案内を作成してます。

ちなみに、来年の年忌は以下のとおりです。

一周忌・2006(平成18)年没/三回忌・2005(平成17)年没/七回忌・2001(平成13)年没/十三回忌・1995(平成7)年没/十七回忌・1991(平成3)年没/二十五回忌・1983(昭和58)年没/三十三回忌・1975(昭和50)年没/五十回忌・1958(昭和33)年没

となります。当寺の先々代住職、つまりボクの祖父も三十三回忌ということになります。早いものですねぇ。当時、小学2年生だったボクが小学1年生の子の親になってるんですものね(苦笑)。

地方や宗派によっては、二十三回忌、二十七回忌、また百回忌を勤める場合もありますので、ご注意ください。ただし、あくまでこのご案内は、本来それぞれのご門徒宅が管理され、お寺にご依頼いただく事柄であり、ご案内はいたしますがそれは確認としてですのでお宅の法名や戒名をご確認の上、自覚をもって勤めていただきたいと思います。

<今週の予定>

12/1>11:00~H家報恩講

12/2>午前~月忌数軒・13:30~T地区報恩講9軒

12/3>午前~月忌数軒・14:30~K地区Y地区報恩講4軒・夜~月忌

12/4>朝~月忌・10:00~T家報恩講・10:30~K家報恩講・11:00~N地区報恩講12軒

12/5>9:00~U家報恩講・9:30~O地区報恩講6軒・午後~月忌数軒

12/6>午前~月忌数軒・15:00~T家報恩講

12/7>午前~月忌数軒・12:30~T家報恩講・13:00~N地区報恩講7軒

12/8>9:00~T地区報恩講6軒

追い込みな一週間ですねぇ(苦笑)。

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長生きするということ

Flower1008_1 先月の報恩講に来ていらっしゃったT家のおじいちゃん。明治38年生まれの101歳ですが、5月の永代経、10月の報恩講には必ず全日程を参加されます。

当寺の前まではタクシーで来るのですが、乗り降りから寺に入っての行動まではすべてご自分の足で歩かれます。耳もお達者で、会話も問題なく「おじいちゃん、元気やね」、というと「まだ、畑に出てますわ。わははは!」と笑われます。

当寺に6年ほど前まで勤めていたS老僧。上記のおじいちゃんのひとつ年下の明治39年生まれですが、ご健在とのこと。その6年前まで、お盆にはボクらといっしょにお墓に待機し、お昼にはカレーライスをお代わりしていました。

煮物などには見向きもせず、トンカツをペロリ! 「わしゃ、肉が好きなんや。わははは!」と言い、「なんまんだぶつ なんまんだぶつ」とつぶやいていました。このS老僧は、どこへ行くにも歩いていらっしゃった人で、今でも目と耳はきかなくなっていても、足腰には問題はないらしいです。

いつまで生きれるか?に思いを馳せるとか、健康に地道をあげるとか、ではなく、ずっとしてきたコトを、たださせていただいているという姿勢がこのふたりの基本にあるのですね。頭が下がります。

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お弁当♪

Dsc00719 昨日は、海に近い3箇所の在所報恩講をハシゴ(?)してきました。6軒、4軒、2軒と軒数が少ないため、在所でのお昼ご飯はなく、お弁当を持参します。

港の一角にクルマを止め、ボクも役僧T氏も、ともに愛妻弁当を広げ「いただきます!」。おにぎりにカラアゲやたまご焼きと定番ではありますが、海を眺めながら、というのはいいものですね。また、この日は雲ひとつない晴天で、忙しい中でものんびりした、いい気分転換になりました。

Dsc00722 コンビニ等の普及でお弁当を買うというコトが多いご時勢ですが、やはり手作りのお弁当というのは、作り手の顔が見えるという安心感があってうれしいものです。幼い日の遠足や、中高生のころの昼食を思い出します。

愛息が幼稚園の年少さんの頃、相方(妻)が右腕を骨折し入院したことがありました。2週間ほどですが、幼稚園は週に2度お弁当の日があり、ボクが作ったことがありました。愛息は、今でも思い出したように「パパのお弁当おいしかったよ」と言ってくれます。

一人暮らしが長かったこと、前述の学院での経験のおかげでおにぎりは結構得意なんですよ(笑)。今となってはいい思い出です。

さて、報恩講もあと5、60軒ほど。今日も「もう、今年も終わりやねぇ」と月忌に行ったお宅で言われましたが、それが済まないと、まだまだそんな気にはなれません。季節がわりですので体調を崩さぬよう気をつけたいと思います。皆さんも風邪などひかぬようご自愛くださいね。

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明日をも知らぬ身なり

Dsc00347_1 ちょうど一週間前のことです。ボクよりひとつ年下でF寺のI君が、某寺の報恩講出仕中に倒れました。

くも膜下出血との診断に、ボクらの間に衝撃が走りました。幸い翌日の手術が成功し、一命を取りとめ、現在順調に回復中とのことです。

しかし、日頃「一寸先は闇」であり、一寸先には自らの死というご縁もあるかもしれない今を生かされてある、と話していながら、ボク自身がそのことを認識していなかったことに気づかされました。

まだ若いし、大丈夫や。そうどこかで根拠のない自信を持っていたのです。その自信は、I君が倒れた事実で崩され、決してそうではないという現実を突きつけられました。

蓮如上人には、「朝には紅顔あって、夕べには白骨となれる身なり」と御文に言われてあります。それを何度も拝読していながら、お恥ずかしい限りです。いつ白骨となるかわからない身だからこそ、「御生の一大事を心にかけて」いなければならず、それを忘れないために朝な夕なに阿弥陀さんに手を合わしているのです。

あとはI君の回復を願うばかりです。

<今週の予定>

11/25>9:00~O地区報恩講7軒・13:00~O地区報恩講4軒・15:00~K地区報恩講2軒・16:30~K家報恩講

11/26>月忌数軒・11:00~T家にて三回忌法要・月忌数軒

11/27>9:30~K家報恩講・月忌・11:00~M家報恩講

11/28>月忌数軒

11/29>15:00~N家墓納骨

11/30>月忌数軒

12/1>11:00~H家報恩講

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灰皿よ 何処へ?

037150055 今日は、かほく市~津幡方面の在家報恩講を、役僧T氏といっしょに17軒つとめてきました。

よく、声やノドの心配をされますが、ボクの場合ヒザにきます。10軒も超えると、正座から立ち上がるとき、「よっこいしょ」と言ってご門徒さんに「まだ若いのに~」と笑われます(苦笑)。

そんな時、どうしても一服がほしくなります。しかし! 最近の禁煙というか絶煙ブーム(?)で、灰皿のない家庭が急増しました。

かつては、どこのご家庭へ行っても座布団の前には灰皿が置かれてました。でも、たとえば今日の場合などは、17軒で3軒のお宅にしか灰皿がありませんでした。誤解しないでください。決してそのことを責めてるわけではなく、これもご時勢かと考えさせられるご縁だなぁと思っているのです。

タバコは、100害あって一利なし。しかも、これまでの喫煙者のマナーの悪さは、タバコを吸わない人、そして環境への配慮が欠けていたことも確かです。道端や川へ捨てる人、車の窓から捨てる人、街中の人ごみで火のついたタバコをぶらぶらさせる人、やめましょう!

タバコを吸うことを、ボクは現状ではたぶんやめられないと思います。だからこそ、後ろ指をさされるような喫煙者にはなりたくないです。

タバコだけならまだいいが、ボクはじいちゃんの影響でキセルも愛用しています。キセルの煙への欲求のために、時間をかける行為というか、ゆとりが好きなんですよ。本来、このゆとりがタバコのいいところだったようにも思います。

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本山の報恩講

Title 今日から28日まで、京都のご本山(東本願寺)は報恩講です。

思えば、宗務役員(本山の職員)をしていたころ、この時期は休みなしでの激務でした。寒い晩秋の京都、平常業務に加えて全国から続々と参詣に見えるご門徒方への対応に追われるのがこの時期でしたね。

結婚し、金沢へ帰ってきてからも愛息が幼稚園に通うまでは、なんとか毎年参詣していましたが、ここ数年は行っていません。前述のように幼少をすごしたこともあって、京都はお里という感覚が今でもあり、本山の報恩講は京都の秋のメインエベントなのです。

これまでご参詣された方はもちろん、ご門徒方で、まだ本山の報恩講に参詣されたことのない方には、ぜひご参詣いただきたいと思います。なんだかんだ言っても、やはり本山の報恩講はすごいですよ。全国から、大中小のバスで、また電車で、団体で、個人で、驚くほど多くの方々がご参詣されています。

Gosho01 中でも、25日夜の御伝鈔拝読や、最終日28日午前の坂東曲(ばんどうぶし=写真左)は、満堂で入りきらない参詣者であふれるほどです。この時期は、京都の紅葉も一番きれいな時期でもあり、京都の人口が一番多くなる時期でもあります。

詳しくは、右サイドバーの「おススメ・サイト」の本山ホームページをご参照ください。ボクも行きたいです・・・、今年も無理かなぁ(苦笑)?

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ストレス?

Dsc00628_1 在家報恩講もおよそ150軒をつとめ、あと100軒弱ほどとなりましたが、在所(農村地区)の報恩講はこれからが本番で、ここで気を抜くと風邪をひくことがまれにあります(苦笑)。

先日のこと。とあるご門徒宅での会話の中で、「ストレスが溜まることってありますか?」と尋ねられました。こういう質問は珍しく、また唐突だったため、やや戸惑いつつ、「ストレスって、自分の思い通りにならないことから溜まるものだと思うんですが、思い通りにならないのが当たり前で、なったらラッキーくらいに思っていればいいんじゃないですかねぇ」と答えました。

しかし、帰りのクルマの中で考えました。ボクの日常の中でストレスが溜まること、それはこれ! クルマの運転だということに気づきました。

クルマの運転は嫌いな方ではありません。でも、金沢人のクルマの運転マナーの悪さは全国的にも有名らしく、ストレスというか気が気でない思いをすることが非常に多いのは確かです。

主に金沢(と石川県内)でしか運転しない、したことがない方にはわかりにくいかもしれませんが、以下のように言われていることをご存知でしょうか?

1)右左折はもちろん、車線変更で合図(ウィンカー)を出さないし、遅い!

2)右左折時の横断歩道上や、雨雪時の水はね等、歩行者への配慮がない!

3)合図もなしに割り込むが、自分はゆずらない!

4)横断歩道上や、駐停車禁止地帯(斜線地帯)上でも信号待ちをする!

5)公共施設駐車場の車椅子マークの場所に健常者が駐車している!

6)雨や雪の激しい時や、簿暮時にもライトをつけない!

金沢の方々には気を悪くしないでいただきたいが、都会では、これらのことが道路交通法違反であるなし以前に、暗黙の了解となって結構守られているのは確かです。

前にも書きましたが、これらは運手者自身が見えているとか、わかっているとかではなく、自分の運転する車が、他の車や歩行者からどう見えてるか? が基準なのであって、これは道路上がスムーズに流れるための配慮でもあります。

一説には金沢人気質、つまり自己表現をしない、目立たないことを好む傾向がクルマの運転にも無意識に表現されているのだともいいます。

思い通りにならないのが当たり前、そう思ってはいても、守られるはずのことが守られていないことにはストレスが溜まります。

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選挙って何?

Ultraman ウルトラマンは、今でも子どもたちの絶対的なヒーローです。今のは何代目になるのか、ウルトラマン・メビウスとか言うんですよ、知ってましたか(笑)?

そのメビウスと、ボクら世代から上がよぉく知ってる初代ウルトラマン、セブン、帰ってきたウルトラマン、タロウ、エースが競演した映画が、先日まで上映されてたそうで、愛息と「行きたいねぇ」と言っていたのですが、行けずじまい。来年早々に発売されるDVDを楽しみにしてます。

ウルトラマンのように、とは言いませんが、カッコいいというか、あんなふうになりたい、そう思わせてくれる大人が世間にはいませんねぇ。みんな自分が自分が、そんなのばかりに見えます。特に政治家に多く見受けますね。

金沢市長選挙の投票が明日らしいです。保守王国=金沢では、市長でも知事でも長く勤めることが美徳のように、波風はまったく起きません。まるで出来レースのように。

前回の市長選挙の投票率は26%台だったとか。これって選挙ですか? そこに民意はあるのですか? ガチガチの組織票のみの選挙に意味はあるのですか? 仮にボクがその候補なら、恥ずかしくて当選を辞退します。

この県選出の、前の前の総理大臣さんは言いました。「無党派層は、選挙の日には寝ててくれていい」と。無党派層が投票せず、ガチガチの組織票だけの投票なら与党安泰と、厚顔無恥に言い放った無神経さに呆れました。

たしかもう80歳近いか、もう超えてるかの現職市長さん。空き地があれば公園ばかり作り、「公園市長(笑)」との異名もあるらしいですが、あなたとあなたを支持することでなんらかの利益が生まれる方々、本来の選挙ってなんでしょう?

投票に来ない方が悪い、それはそうかもしれません。でも、組織票集めに躍起になる選挙方法、そこに民意が本当に存在しているのかどうかを考えていただきたい。

政治家とは、本来ボランティアであって、民に奉仕するのが本分ですよ。先生と呼ばれることで、そのへんを見失わないでほしいものです。組織票に乗らざるを得ない方々、自分の一票が社会に反映される、選挙とはそういうものだと考えますがいかがか?

ちなみにボクは、可能な限り選挙には行きます。それが民主主義の基本だと思っているからです。

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おかげさまで

Dsc00630 このブログを始めて半年、いつのまにか一万ヒット、つまり一万名の方々(リピーター含む)のご来訪をいただきました。

おかげさま、何気に使っているこの言葉ですが、阿弥陀さんの御光に照らされ続けていることに気づかずにいる日常。仏事のご縁でその御光の存在に気づくと、その御光によって自分には影があったことに気づく、そこから「おかげさまで」という言葉が生まれたといいます。

毎日が、たくさんのご縁のおかげさまで私がある、それを当たり前としすぎているからこそ、阿弥陀さんに手を合わすご縁を大事にしていきたいものです。

★久しぶりですが、今週の予定表です。

11/17>月忌・10:00~K家報恩講・11:00~H家報恩講・14:00~K家報恩講・14:30~T家報恩講・15:00~Y家報恩講・15:30~T家報恩講・月忌

11/18>9:30~K家報恩講・10:00~T家報恩講・月忌2軒・13:30~U家報恩講

11/19>9:30~Y家報恩講・10:00~O家報恩講・11:00~寺にてH家一周忌法要・13:30~D寺報恩講参勤・14:30~A家報恩講・15:00~A家報恩講・15:30~A家報恩講・16:30~U家報恩講

11/20>9:00~O家報恩講・10:00~N家報恩講・月忌2軒・11:30~K家報恩講・午後在寺(予定)

11/21>休務日

11/22>月忌6軒・13:30~S寺報恩講参勤・14:30~K家報恩講

11/24>9:00~O地区報恩講16軒・16:00~K地区報恩講2軒

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仏事をつとめる心

Nature1005 ときどき「?」と思う電話を受けることがあります。

たとえば、テレビが壊れたから電気屋さんに「ちょっと来て」という感じでの仏事の依頼。

以前にも紹介した代表的な例。

某氏「法事したいんやけど」

ボク「いつでしょうか?」

某氏「来週の土曜日の11時や」

ボク「(絶句しつつ)・・・、来週の土曜日ですか? もうすでに2軒のご法事が入ってて厳しいですね」

某氏「そら困る。もう親戚にも料理屋にも言うてあるし」

多くのご門徒は、少なくとも一ヶ月前にはご依頼されます。しかし、それ以前に、この某氏にとっては、ご法事をつとめるに際しての優先順位が「親戚~料理屋~僧侶」の順番なんですね。

最近増えたのが、ご法事や報恩講をつとめることに対して、こちら(お寺)が頼んでさせてもらってるという勘違いです。ご法事も報恩講も、その家の仏事です。たしかに、こちらは年明けに「お宅は今年、○○さんの○回忌の年です」という案内をしますし、秋(だけではないですが)になれば「○月○日に報恩講をつとめさせていただきます」というご案内を出します。

それは、忘れてはならない「あなたの家の仏事」だからご案内するのであって、お寺が「しなさい」、あるいは「しなければならない」と頼んでいるものではありません。

亡き方をご縁にして、阿弥陀さんの御光に出会う。それが真宗での仏事です。私が、私の中で生きてくれている、その上でいつ果てるかわからない命の存在の気づき、今を精一杯生ききることを願われてある身を自覚する、それが仏事をつとめる大きな意味です。

亡き方があった、とあるお宅からの電話では、「うちの爺さんが死んでん。いつ来てくれる?」とヒトゴトにような電話もあります。まるで「テレビが壊れてん。いつ来てくれる?」と変わらないような口調で。

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他事想論3

Jr 子ども受難の時代、よくそう言われますが本当にそういう事件が後を絶ちませんね。いじめによる自殺、幼いわが子を殺す親、耳をふさぎ、目を覆いたくなるニュースに、テレビやネットを見ていて暗澹たる気持ちになります。

親は決して万能ではなく、至らないところばかりです。でも、子を想う心が喪失しては親とは言えないでしょう? 威厳なんていらない。至らないからこそ本気で向き合うことが大切だと思いますし、乳幼児の間なら「私が」を横へ置いて「子どもが」を第一にしなければならないはずです。

だって、乳幼児はひとりでは生きられないのです。かつてわが身もそうであり、親がオムツを替え、だっこしておんぶして、寒くないか? 暑くないか? と、たくさんの愛情を注いでくれたからこそ大人になったはずでしょう?

親は愛情をそそいでいるからこそ、子どもの笑顔や寝顔に癒され、それを喜びとしている、少なくともボクはそう思ってます。

カミングアウトすると、中学時代にボクもいじめを受けました。それ以来、群れることに嫌悪感を抱くという一面を隠し持っています。でも、ボクを守ってくれた友人がいたおかげで自殺までは考えずに済んだのです。

マイノリティ=少数派でいることを恐れず、大勢に流されることの楽さに安住せず、現状をおかしいと思う心が少しでもあり行動することで、死なずに済む命はたくさんあるはずではないでしょうか?

命は、私の、ボクの中で生きてくれている。私の意志に関わりなく、生きてくれている。私の意志に関わりない以上、その命を絶つ権利は私にはありませんし、ましてや親であっても本人以外の人が絶つ権利はまったくありません。

命を無から作れますか? 無理でしょう? だからかけがえがない命であり、いただいた命であり、大事な命なのではないでしょうか?

日常の生活の中で、ボクらはそのことを忘れてしまいます。都合のいい方、楽な方に転がるのが人です。だからこそ、亡き方への思いから朝な夕なに阿弥陀さんにてを合わせ、ご法事で阿弥陀さんに手を合わせてきたのは、阿弥陀さんの御光がそれを忘れてはなりませんと気づかせてくれたからです。

合掌はその教えをいただく姿勢であり、お念仏は「そうでした。おかげさんでまた気づかせていただきました」と阿弥陀さんに返す言葉、とも言えるのだと思います。

(画像は、カージナルズの田口選手とお子さん。ワールドチャンピオンになったときの歓喜の姿です。ほほえましいので使用させていただきました)

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なつかしい場所にて(外伝・2)

Dsc00714 学院葬のあと、同期のIさんと一杯やりましょう! ということで、ひさしぶりに学院の先輩ミヤコさんが庵主をされている「彌光庵」へと足を運びました。

京都の電気屋街的存在な寺町の、怪しげな(?)大型本屋さんの横の、さらに怪しげな(笑)路地(写真左上)を進むと~、

Dsc00713 このような看板が見えてきます。ここは居酒屋でも小料理屋でもありますが(?)、ミヤコさんを庵主とする念仏道場なんです。

メニューは、すべてお野菜で作られていて、でも餃子もカラアゲもカレーもあります。え? どうやって? そう思った方はぜひ行ってみて、ご自分でそのなぞを解いてみてくださいね。

ここには、ミヤコさんのほかにミヤコさんのお母さん、小僧さん(?)のKくん、そしてネコが2匹います。

Dsc00712 店内には、ご本尊・阿弥陀如来がちゃんと安置され、その御光に照らされながら、もろもろの命を食物として、また呑み物としていただきます。

Iさん(左写真の右)、ミヤコさんとエビスビールで乾杯。学院での思い出話に華を咲かせていると、少し離れた席にいた男性が参戦(笑)。ボクらより5年遅れて学院を経験した通称エロ坊主くん(大阪在住)です。

なんと、ボクの同期でリンクにある「犬が笑う」のシズオっちとおんなじ仏教青年会で活動されているらしい。いやぁ、この業界は狭いです(苦笑)!

ほんのヒトトキ、ここが学院になったように、竹中先生の話、他の職員や寮や食堂の話で盛り上がりました。しかし、この日のうちに金沢へもどらねばならないボクは、後ろ髪を引かれる思いで、皆とハグし京都駅へと向かいました。

たった一泊の京都でしたが、幼少を過ごし、学院や本山で働いたこの街はやはりボクにとってはお里だなぁと思いつつサンダーバードに揺られて金沢へ帰りました。おかげさんで、ご縁をいただいたみんなに感謝です。

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なつかしい場所にて(外伝・1)

Dsc00697 今回の京都帰りは、時間は短かったけど前泊できたため、「夜の御旧跡めぐり(笑)」もできました。

画像は、ボクの京都での隠れ家的存在です。西木屋町にあるのですが、店の名前は内緒です(恐縮)。というのも、10人入れるかどうかという小さなお店で、ボク以外にもここを隠れ家とされている方も多いので、知る人ぞ知るという存在にしておきたいのです。

Dsc00698 元は料亭の板前さんだったという大将の腕は一流で、季節のおいしい食材でおいしい一品料理を作ってくれます。姉さんも話上手で、おいしいお酒や焼酎も充実してて本当にほっこりさせていただける場所なのです。結婚前には、相方ともよく来ました。最近は別々に行ってますけど(苦笑)。

ゆっくりとした時間を過ごして、もう一杯、木屋町から先斗町を歩いて祇園へ。ここにもボクの隠れ家があります。

Dsc00701 Guy's BARというショットバーですが、もともとは木屋町にあり、そのころからのおなじみなのです。写真はマスターの橋本さんですが、会うとついつい昔話に華が咲きます。むかし、いっしょにここで呑み、語った仲間たちの話、音楽の話、近況等々。ちなみに今回、マスターは南の島への移住という夢を語ってくれました。

お里の空気とでも言うのでしょうか、落ち着いた時間をありがとうございました。明日は、外伝2を書いてみたいと思います。

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なつかしい場所にて(4)

Dsc00705 ボクが別科に残る、そう聞いて「君は、卒業したら真っ先に出て行くと思ったわ」、そう言う人もいました。

後に「Kさんは、どこに行っても反乱軍をつくる人」と評されたらしい素地はそのころからあったようです(苦笑)。

別科では、割り当てられた日の朝昼晩の食事のメニューを考え、予算内で食材を発注し、本科生の食事当番を指揮しなければなりません。でも、これがボクには、ハマッたようで本科時代以上に学院を楽しんだように思います。

もともと、大学時代4年間の一人暮らしで、自炊や家事全般を好んでやってたことが幸いしたようです。

でも、寒い夜に翌朝食のお米7升をといだことは忘れられない辛さでした。先日の学院葬で、ひさしぶりに食堂をのぞいたとき、その辛さを思い出し、なんだか泣けてきましたよ。それと同時に、そこで一緒に食事を作ったこと、食べたこと、「Kさん、今日の晩飯うまかったっす!」と言ってくれた人たちの顔を思い出し、メニューを決めるときに「あーだ、こーだ」とモメたことを思い出しました。

Dsc00711_1 ポニーテール姿がボクの別科時代のイメージらしく、学院葬で会った人たち(画像左)は「大人になったね~」と言ってくれました。って、もう来年40やっちゅーねん(笑)!

大学時代の思い出は貴重でかけがえのないもの。ボクもそう思ってます。でも、学院はそれをさらに深めてくれた空間でした。文字通り、同じ釜の飯を食い、裸の付き合いをし、テレビすらない空間で人と向き合い続けた二年間は、ここでしかできないものでしょうし、もうこの先にもない濃密すぎる時間でした。

ケイタイやインターネットでつながる関係が主流となっている今、生の人と人が向き合い、ぶつかり合う、そんな経験で得られるものを学院に行って再確認したように思います。竹中先生の死によって、学院は大いなる僧伽(サンガ=人が出合い、集い、生活する場)としての意味をそこに花開かせたのかもしれません。それを、今いる学院生たち、これから学院に集う人たちが受け継いでいってほしい、そう願います。そのうち、あの食堂でごちそうになりたい、そう思うひとりの先輩として。

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なつかしい場所にて(3)

Dsc00707 GWを過ぎるころ、学院に馴染み始めた学院生たちはいろんな意味で学院を楽しむようになります。「今、オマエはここにいる」、そう言われた自身を自覚し始めたのかどうかはわかりませんが。

その頃には、得度(剃髪をする、僧侶としての第一歩)を迎えます。ボクや、他の寺院子弟はたいていそれまでに済ませていますが、それ以外の方は、男はツルツルにし、女性は和紙で後ろ髪をくくります。

そして、さらに馴染んだころに夏休み~休み明けには、前期教師修練を本山で受けます。これは、塀の中の学院より、さらに過酷なものなんですよ。一週間ではありますが、本山の修練道場で衣姿のまま、講義と攻究を繰り返し、真宗大谷派教師としての基礎を叩き込まれるわけです。

でも、このときは学院以外の方も参加され、また多くのご縁が広がります。塀の中に比べれば、一週間のこと、三日もすれば馴染み、楽しみもみつけるくらいたくましくなっていたボクらなんですよ。ご禁制の品(なんでしょう?)もどこからともなく調達してきました(笑)。

真宗は、人が人として生きることを開く道、そのためにはあらゆる差別や偏見なしにひとりの人としてのご縁をどう引き受けていくのか? 戦争をはじめとする、さまざまな人の業を、ひとりの人としてどう考えていくのか? そんなことを、学院よりさらに濃密な時間の中で展開したように思います。

修練を終えた秋、学院祭を迎えます。毎年、学院祭にはテーマがあり、学院生ひとりひとりが問題提起をし、討論しテーマを決めます。ボクが本科生だったこのときに決まったのは、「ボクが ボクであるために」でした。たしか、ボクは実行委員の副委員長だった、ように思います(苦笑)。

呑み、歌い、踊り、学院祭は日頃のタガがはずれたように弾けたものでしたね。塀の中は、班も、学舎も、学生も職員も超越したいい意味での無法地帯(?)となってました。

修学旅行を経て、冬休み。年が明けるとすぐの後期修練では、人として生きる道の仕上げを考えながら過ごし、いよいよ卒業へ。ボクの髪も肩まで伸びました。

こんなとこ早く出てやる! そう思っていたはずのボクが、卒業を前にして選んだ道は別科生、つまりもう一年学院に残るという、自分でも意外な結論でした。

つづく

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なつかしい場所にて(2)

Dsc00708 大谷専修学院。真宗大谷派の僧侶資格たる教師資格を取得するための学校です。全寮制で一年間を過ごすのですが、冷暖房なし(冬はコタツのみ可)、お風呂は銭湯、食事は当番制と、「今どき?」と思われるかもしれない学校です(苦笑)。

ボクの場合、大学を出てからここへ入学したのですが、下は高卒から上は定年退職し僧侶を志す方まで幅広い年齢層がいることに驚き、また戸惑いました。

学院は、京都市の山科区と左京区岡崎とふたつの学舎にそれぞれ100名弱の学生と職員がいて、男子寮4、女子寮2に分かれて生活します。学院では、ブラザーシステムといい大きな特徴なんですね。

すでに、ここで引いている方も多いかもしれませんね(苦笑)。実際ボクらも「塀の中」と呼んでいましたが、ここでの濃密な人間関係の世界での経験は何ものにも代えがたい経験となっています。そうでなければ、学院葬に行こうとは思いませんしね。

正直、最初はボクも嫌々行きましたし、先生たちの話すことに耳を貸す気にもなりませんでした。そして、酔っ払って先生の部屋に怒鳴り込んだときのこと・・・、

「嫌々だろうが、何だろうが、オマエはここにいてるやん? オマエがオマエの足で歩いてここに来て、今ここにおるんやろ? 違うか? まずその事実を認めんかい!」

というようなことを言われ、ボクの嫌々というスタンスを崩されたんです。周囲に目を向けると、ボクと同じように戸惑い、ふてくされた顔、真摯に学びに来ている顔がありました。どうせ一年いるのならと、そんな連中と腹を割って話していくうちに濃密な人間関係の居心地の良さを感じるようになったのかもしれません。

最初の班は、校長先生をされていたという定年すぎのKさんをはじめ、九州で漁師等をされていたTさん、大谷大学を出たシズオっち(ブログリンク参照)、自由業のようなU、現役暴走族のY、元自衛官のH、高卒のYとFとKとKという、なんともバラエティに富んだ構成でした。

そんな人々と、文字通り同じ釜の飯を食い、銭湯に通い、酒を飲み語ることで多種多様な価値観というかモノサシを知ることができました。そのうちテレビも何もない環境にも慣れ、カッコつけたり、自分を飾ったりすることなく人と接することに一種の快感(?)を覚えたのかもしれませんね(苦笑)。

ボクは、ここでしかできないことをと思い、髪を伸ばしました(なんでだ?/笑)。同じ班~違う班~違う寮~違う学舎と濃密な人間関係の幅は広がり、いつしか学院をい楽しんでいたように思います。

毎週月曜日には、故竹中先生の講義があり、岡崎学舎の生徒も山科に来てこの講義を受け、前文筆記します。そして夜、そのノートを元に班ごとに攻究します。このノートは今でも大切に持っています。

つづく

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なつかしい場所にて(1)

Dsc00706 昨日、京都市左京区、大谷専修学院岡崎学舎のある岡崎別院にて行われた故竹中智秀先生の学院葬に参列してきました。

学院については、またゆっくり書いてみたいと思いますが、全寮制の生活の中で同朋たる人々と暮らしながら真宗精神を体得する処です。

Dsc00704 別院山門の前には、この春に撮影されたという竹中先生のご講義中のお姿が大きなご遺影として掲げられていました。「選ばず・嫌わず・見捨てず」と阿弥陀さんのことを教えていただいた先生のお声が聞こえてくるようなご遺影でした。

たくさんのなつかしい顔があり、何よりここで暮らした日々を思い出させる学院の変わらない風に、しばし立ち尽くしていました。

太ったの、やせたの、結婚したの、離婚したの、頭が薄くなったの、同期生や先輩、後輩と交わす言葉に卒業して14年の歳月を思いをはせました。

Dsc00702

さまざまな方が、竹中先生のことをお話されていました。最後に話された狐野先生が「竹中先生は、自坊の住職になられることなく学院に生涯を捧げられました。学院の卒業生ひとりひとりが、竹中先生の門徒といっていいのかもしれません」と言われた言葉が印象的でした。

卒業生に声をかけられれば、仲人をされ、始婚者をされ、講演や勉強会の講師としても可能な限り足を運ばれていました。ボクが別科生のとき、ウチの報恩講にもお話しに来ていただきました。

やさしい先生でした。むろん厳しい一面ももっておられましたが、文字どおり「選ばず・嫌わず・見捨てず」という方でした。学院生の声、卒業生の声に常に耳を傾け、笑顔で最後まで話を聴いてくださいました。

昨日の分のお参りやお通夜で疲労困憊で、なんだか文章がまとまりません。明日から、少しづつ、もうちょっとお話していきたいと思います。

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また三連休?

Dsc00628 祝日が第○月曜日とかになって、無理やり三連休が増えましたよね。今日からの三連休は自然三連休ですが、ボクらにはあまりありがたくない、というのが本音なんですよ。

遊びに行くとか行かないとか、そんなことはとっくにあきらめてますけど、異常に忙しい上に道の渋滞予測がしにくく、忙しさに拍車がかかるんです。すみません、愚痴です(苦笑)。

ちなみに今日の午前9:00から1:00「我ながらよく回ったなぁ」というほどのスケジュールでした。S家報恩講~月忌~前述のおじいちゃんのお葬儀(ご遺影を見るのが、つらかったですよ)~月忌~U家三回忌法要~K家報恩講~月忌という、売れっ子芸人並(?)でした。

明日、明後日も・・・、日程表を見るのが恐い・・・(苦笑)。

<11/4>9:00~宝達志水地区報恩講三軒(うち兼一周忌一軒)・13:30~S寺報恩講参勤・15:00~自坊にてM家永代祠堂経

<11/5>9:30~K家報恩講・10:00~T家報恩講・11:00~K家にて十三回忌法要・13:30~K家報恩講・14:00~H家報恩講・夕方京都へ

<11/6>京都岡崎別院にて大谷専修学院長学院葬に参列(戸水地区報恩講三軒は前住職が代行)・夜~帰寺

<11/7>9:00~増泉地区報恩講六軒・13:30~U家報恩講・月忌・15:00~T家報恩講・月忌数軒

<11/8>10:00~T家報恩講・以後在寺

<11/9>10:00~F家報恩講・10:30~K家報恩講・月忌・11:30~K家報恩講・13:30~T家報恩講・14:00~K家報恩講・14:30~T家報恩講

<11/10>9:30~H家報恩講・月忌・10:30~M家報恩講・11:30~M家報恩講

竹中先生にお会いしに、久しぶりにお里(京都)の空気を吸って、リフレッシュして戻ってきます。

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やり切れない思い

Dsc00635 毎月お参りに行っていた家のおじいちゃんが亡くなりました。当寺のご門徒ではないのですが、月忌参りだけボクが行っており、85歳のおじいちゃんと80歳くらいのおばあちゃんのおふたりで暮らしていらっしゃいました。

おじいちゃんは、片側二車線の広い環状道路を横断歩道ではないところを横断され、クルマとぶつかったとのことです。

ボクは、まっさきに「なんで?」と叫びたい気持ちでした。というのも、横断歩道のないところを横切るお年寄りがあまりにも多く、ボクはそれを見かけるたびに冷や冷やしているのです。

横断歩道まで行くと遠回りになる、長い信号を待つのがつらい、気持ちはわかります。でも、どれだけのドライバーが寿命の縮む思いをしているか、それよりご家族がどれだけ心配されているかに思いをはせてほしいのです。

おじいちゃんのやさしそうな笑顔を思い浮かべつつ、お参りに回っていた今日もボクの目の前を悠々と横切るお年寄りがいました。横断歩道の手前5メートルほどの場所です。思わず窓を下ろし「ここを渡ったらダメですよ!!」と叫びました。

大きな声で叫んだつもりでしたが、そのお年寄りの耳には届かなかったのか、相変わらず悠々と渡っていました。なんともやり切れない思いです。

ドライバーは当然、歩行者優先の大前提を心がけなければなりません。そして、歩行者は歩行者の守るべきルールを守りましょう。家族をはじめご縁のあった多くの方々が悲しみ、場合によっては事故を起こした車のドライバーとその家族の人生までも狂うこともあるのです。

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