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困ったもんだ

Munch_scream00_1 今日、とあるホームセンターで買い物をしたときのことです。

レジに並んだボクの前に、ワゴンを押したおばちゃんがいました。トイレットペーパーやら、ドッグフードの缶詰やら大量のお買い物でしたが、会計が終わってビニール袋を手にし出口へ行ったのはいいが、ワゴンをそのまま、つまりボクのまん前に置いたまんま行ったのです。ボクはそれをどかさなければ会計ができないのですよ。

思わず「ちょっと、これ(ワゴン)持っていってくださいよ!」と、おばちゃんの背中に叫んだものの、聞こえなかったのか、そのまんま過ぎ去っていきました。びっくり顔のレジのお姉さんに「ああいうお客さんに、お店の人は何も言わへんの?」と聞くと、「すみません、私が片付けかすから」という返事でした。

なにか違いませんか? 店の人にしても、「ワゴンやカゴは片付けてくださいね」くらい言ってもいいと思います。しかし、それ以上にいいトシをした方のマナーの悪さが目に付くことが非常に多いのですよ。

スーパーではカゴを片付けない方や車椅子マークの場所に駐車する方、路上では横断歩道を渡らない方や交差点でタクシーを止める方、クルマの運転でウィンカーを出さない方や対向車や歩行者への気遣いのない方、そんなおじさま&おばさま方がとても多いのです。

年齢とは、ただ取るものではなく、そこに学びがあり、その学びから下の世代の手本となり、社会の規範となっていくものであろうと思いますし、だからこそ昔の年長者やお年寄りは尊敬の対象だったのでしょう。

飲酒運転や政治家、教師、医者、警察官等が起こすワケのわからない事件が後を絶たないのは、そんな社会の規範たる自覚なき大人の多さにも大きな原因があるように思いますが、いかがですか?

坊主はどうだ? そう問われてもボクらは胸をはって「日々精進」と言えるひとりの大人でありたいと逆に教えられてある昨今です。

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コメント

ご住職様、こんばんは☆

本当、困ったものですわ。。

得手勝手な恥を恥とも思わない、世情に疎い私ですら、聴いて呆れてビックリの、理解に苦しむ手合いが、もの凄い勢いで繁殖しているみたいで、とても、ついていかれませんわ。怒り通り越して無力感におちいります。全く。

ご住職様、給食費を「払わない」不届き者が相当数いるのご存知でした?私、さるプログにてそれを知った時、我が目を疑いました!「払えない」のでは無く「払わない」って、一体どういうこと???って!!

どんな偏屈者だか知らないけれど、もう、こうなると、余りに人間離れ?しすぎていて、そんな親の背中を見て育つ子供の影響を感がえるに、末恐ろしいと言いますか、目先の損得勘定ばかりで、長い目で物をみることの出来ない大人が増えているんですねぇ。

ほんと、嘆かわしいし、浅ましいし、品性が卑しすぎる!とお思いになりません?!ご住職様も。

日本の先行きが思いやられますわ。。

PS・その手のおばあさんて、多いですよ。
開き直っているのか、元々、常識ないのか分りませんけれど。

投稿: マリア | 2006年10月 4日 (水) 00時28分

マリアさん、いつもご愛読感謝!

給食費! ボクもなんかの番組で見ました。信じられないですよね。また、払ってるからと「いただきます」みたいな貧乏くさいことを子どもに言わすな、とか言う輩もいるそうですよ。

他人を思いやるマナーを無視する、身の回りにあるものや与えられるものへの感謝を忘れる、そんな傲慢さ、これが今の娑婆を狂わせている元凶ですね。前にも書きましたが、「いただきます」の主語は「いのち」です。命あったものを殺して食さなければ生きていけない身、それを罪深い存在と位置づけられたのが親鸞さんなんですね。

日々南無阿弥陀仏と唱えることは、そんなこの身を生かさせていただくことを忘れないということでもあるように思います。

投稿: Kei@住職 | 2006年10月 4日 (水) 18時32分

ご住職様、わんばんこ。。。(笑)

>「いただきます」みたいな貧乏くさいことを子供に言わすな・・・

世も末と言いますか、開いた口が塞がらないとは、まさしくこのことですわ。。。

いったい、どこまで偏屈なんだか。

貧乏くさいのは、屁理屈こねて(小学生以下)厚顔無恥にも言ってのける、己のその貧しい歪んだ精神であろう!!って言ってやりたいですわあ!

本当、ご住職様の仰る通りですし、そもそも「いただきます」って、
含羞のある、とてもいい言葉ですものね。現に私、一人で食事する時なんかも言っていますし「ご馳走様でした」も同様に。

話は変わりますが、親鸞聖人はリアリストと
思いますわ☆
考え方や生き方が、とても地に足がついていて。

投稿: マリア | 2006年10月 5日 (木) 18時40分

マリアさん、わんばんこ~! なつかしいフレーズですねぇ(笑)! こなさん、みんばんわ! と同じくらいなつかしい~(苦笑)。

そうそう、貧富はお金でなく心の問題ですよね。貧乏くさい云々を言う親は、給食費を払ってる、イコール食べることは当たり前、という考え方なんですね。お金は、命あるものをだれかに殺してもらい、スーパーで買う状態にしてもらい、食べる上体で食卓に出してもらう手数料でしかないのです。殺した命をいただくことに違いはありませんよね。

親鸞さんはリアリスト! そうなんですよ! 親鸞さんはもちろんお釈迦さんもとても現実的に人の生きる道を考えられ、悩まれた方々だと思います。ご利益だとか、あるかないかわかならないものに関わってるヒマなく、その道を探求されたのだと思います。

投稿: Kei@住職 | 2006年10月 5日 (木) 21時59分

世の中の人が傲慢になってきていますね。
もっともっと謙虚に生きなくては、
と思います。

よく「最近の若者は・・・」なんて言いますが、
単に年配の人がマナーが出来ている訳では無いですよね。
年を重ねると同時に、心を豊かにし、
謙虚になっていかなくては、
若い人の手本になれません。

そのように自分に言い聞かせる今日この頃です。

投稿: 喜右衛門 | 2006年10月10日 (火) 11時27分

いやいや、ホンマに今どきの中高年は、と言いたくなること多いです。特に団塊の世代にとっては、今の豊かな社会は自分たちが作ったという自負があって、その弊害に目が向いてないように思いますね。

批判だけに終わらず、そんな世代がら教えられて、「謙虚さ」の大事さを痛感していきたいものだと思います。

投稿: Kei@住職 | 2006年10月10日 (火) 19時36分

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