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不自然な自然に思う

Dsc00526 帰省ラッシュが始まったようです。ボクは、お寺に帰ってきて7年、帰省というものにご縁がなくなりました。テレビで渋滞の画像を人ゴトのように見ています。

思えば大学時代から独身時代はずっと、京都から、あるいは東京から帰省していました。相方との遠距離恋愛中は隔週のように東京と京都を往復してたりもしてましたねぇ(苦笑)。

しかし、暑いです! ここ数年の夏は、猛暑か冷夏と極端であり、夕立ちがまったくない夏です。夏に限らず、なんだか、毎年毎年「今年はおかしな年やね~」と言っているような気がしませんか? 毎年おかしな年、普通の年ってどんなんやったんかな? 毎年おかしいなら、おかしいのが普通化しているのかな? と考えさせられます。

先月水害にあった九州の友人が、「今年は今からこれじゃ、台風がきたらどないなるんやろ?」と苦笑しながら話していました。でも、自然の与えるご縁、こればっかりはただただ受け入れるしかないのが人なのですね。どれだけ科学が発達しても、自然の猛威にはかなわない、それがわかっていても抵抗せずにはいられない、その抵抗がさらなる自然の猛威を招いているにも関わらず、といったらいいすぎでしょうか?

冷房なしではいられない、窓をあけてみるとお隣のエアコン室外機が吐き出す温風が流れ込んでくる、たまらず窓を閉めてウチもエアコンをつけるの悪循環。エアコン、クルマ、工場、先進国といわれる国々が吐き出すこの温風によって地球が温暖化し、不自然な自然が巻き起こす被害は先進国のみならず他の国々にも及んでいます。

「世界全体が幸せにならなければ、私の幸せはありえない」と宮沢賢治さんは言われたといいます。みなが自分ひとりの幸せや安楽を求める限り、その自分の幸せは遠のいていくばかりなのかもしれません。

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

普通じゃないの(異常気象)が、普通の時代になってきたようですね。
もし、地球に感情・意思があるなら、自分の体に寄生している“人”を払いのけたくならないのでしょうか?
それが、異常な台風の多さであったり、頻発する地震であったり、火山の爆発であったり・・・。
人間が生きていくことは、迷惑をかけるということを、謙虚に自覚しなければならないのでしょね。

ところで、先日、祖母の収骨に本山へ行ったら、ご法話があって、地球温暖化の影響を受け世界で一番最初に水没するといわれる南太平洋の国「ツバル」の現状の話をされていました。
しかし、本山の視聴覚ホールの冷房が効きすぎであった。寒いくらい。これは大きな矛盾で、ご法話に賛同できない自分がいた。

投稿: 喜右衛門 | 2006年8月11日 (金) 22時55分

本当におっしゃるとおりですね。人が好き勝手にふるまうなら、地球も好き勝手にふるまっても文句は言えないですよね。

たしかに本山視聴覚ホールの冷房、ききすぎててよく眠れるんですよね(笑)。まぁ、窓のない地下室だからやむを得ないのかもしれませんが、ちょっと考えなければならないですよね。

投稿: Kei@住職 | 2006年8月12日 (土) 11時39分

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