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お話の兼ね合い

Dsc00232 昨日は、午後にご法事、夜はお通夜をつとめました。どちらもお話をするのですが、そのときどきによってさまざな反応があります。ボクの場合、法話とかお説教とかではなく「感話」と言ってます。ボクが日常から感じた話をし、聞いてくださる方々がそこから何かを感じていただけたらなぁ、という思いなんですね。

ご法事の場合は、身近な話題や知識欲をそそる話題を中心にしています。たとえば季節感の話や、お焼香の作法の話。そして、そこに少しの「笑い」を混ぜるようにしています。むろん、ボクの思ったところで笑ってもらえず寒い思いもよくしますが(笑)。昨日のご法事はお参りの方々も多く、そこそこ笑っていただけてホっとしました。

そして夜、御通夜での感話。こちらに「笑」はもっての他。なんのために御通夜におまいりするのか? 亡き方は、亡くなった時点で仏に成られている、つまり成仏していること。そこへ、語源に尋ねるという意味がある「お弔い」に来る。仏とは「教えを説く存在」であり、その教えを尋ねるために亡き方をご縁とするということだとお話してきました。

仏の教えとは、我々がまだしていない「死」という尊い経験を身をもって教えてくださってあるということ。一寸先は闇、その闇には無数のご縁が待っている。そのご縁の中には、「わが身の死」というご縁もあるかもしれない。だからこそ、生かされてある「今」を精一杯生き切ってくださいという仏の願い(=本願)と教えをいただいて帰るのが御通夜の大事な意味ですよ、と。

人は必ず死ぬ、わかってはいるが、日常「まぁ、まだ5年や10年くらいは大丈夫やわい」と、なぁんの保障もないのに楽観している我々に亡き方が仏と成って、「そうではない」と気づかさせてくださる、御通夜もご法事もそんなご縁だと思います。

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