« 2006年5月 | トップページ | 2006年7月 »

2006年6月

お散歩 in カラ梅雨

Dsc00450昨日の夕方、愛息とお散歩に行ってきました。

ウチからほど近い卯辰山にある菖蒲園に、菖蒲&アジサイを見に行ってきました。幼稚園のトキは、毎年、この時期に迎えに行った帰り道に立ち寄ってましたが、今日はお散歩です♪

しかし、カラ梅雨のせいで、菖蒲はヒヨヒヨになっててあまりきれいでなく、そのぶんアジサイがきれいでした。ところで、いっしょに歩くと、クルマに乗ってるよりも会話が弾みますよね。愛息ととめどなくしゃべりながら歩いていくうちに西山蓮如堂に到着。

Dsc00451 かつて北陸での蓮如さん信仰は盛んでした。春の季語でもある、4月の蓮如忌には、ここで盛大に法要が営まれていたそうですが、今では法要はなされていますが、かつての賑わいはないそうです。

プロフィールに書いてありますが、当寺の開基は蓮如さんの異母弟・蓮康さんです。愛息に、「ウチのむかぁし、むかぁし、500年前のおじいちゃんやで」と教えてやりました。「むかしのおじいちゃん、バイバイ。またくるね~!」と、大きな蓮如像に別れを告げて帰ってきました。



にほんブログ村 哲学ブログへ

| | コメント (7) | トラックバック (0)

蒸し暑いので・・・・・?

Photo_2蒸し暑~~~いっ!! 何が嫌いって、暑いのが嫌いです。中でも蒸し暑いのが耐え難い苦痛なんです(苦笑)。梅雨入りしてからというもの、雨が降りそ~~~で降らない日が続き、毎日蒸し蒸し蒸し蒸し・・・・・、どなたか除湿機ください(くれないって!/笑)!

それはともかく、ここ数日はお通夜、葬儀がありながらも寺報120号の編集をしておりましたが、今日めでたく校了! このブログの存在をやっとご門徒方にお知らせできます。

え? 寺報てなんやって? すみません、申し遅れましたが、ご門徒さん向けに年に4回発行している善福寺のお知らせ新聞(A4 6ページだて)「大慈山」のことです、はい。前住職の時代から30年にわたって発行しています。ちなみにこのブログのタイトルも、この寺報に連載しているボクのコラムのタイトルそのまんまなんですね。芸がない? すみません(笑)。

さて、校了したら次は入庫し、家族総出での発送作業です。今回は蒸し暑いので、作業は難航します(うそです/笑)。

にほんブログ村 哲学ブログへ

| | コメント (2) | トラックバック (0)

ダブルヘッダー

Dsc00430今夜は夜回り当番でした。町内を順番にまわってきて、月1回ほど当たります。最近は愛息といっしょに回ってますが、なかなかいい音が出ないようで、「コキン! カキン!」と悪戦苦闘しております(笑)。

それはともかく! 今日はお葬式のダブルヘッダー! 10時に市内のセレモニーホール、それを終えてかほく市のホールへと走りましたが、環状線ができたおかげでおよそ20分の移動時間でした。

前にも書きましたが、亡くなった方を仏さんといい、その仏さんの教えに会うご縁がお通夜であり、葬儀です。そんなご縁に日に2回も会える、とはいうものの疲れました~! でも、どちらにとってもたったひとりのおばあちゃんの葬儀です。精一杯つとめさせていただきました。

最近は、お通夜への弔問は多いが、葬儀はその半分ほどだったりします。だからこそ、お通夜ではだいたい一言しゃべるようにしています。しゃべらない僧侶も多くなったと聞きますし、ボクとて得意なわけではありませんよ。でも、冥福を祈る、供養をするといったお弔いではなく、生きて残された我々が仏さんの教え、一寸先は闇、一寸先にはわが身の死というご縁をいただくかもしれない「今」を生かされてあるんですよ、ということに気づいていくきっかけとなればと思い、またボク自身がその教えを確認していく、そんな思いでしゃべってます。

ちょっと、ええカッコしぃに聞こえるかもしれませんケドね(照笑)。


にほんブログ村 哲学ブログへ

| | コメント (6) | トラックバック (0)

1時間ちがいの2歳ちがい

Dsc00439 今日は土曜日だが、珍しくご法事がないので、ややのんびり気分でおりました。愛息&相方は野球の試合だ! と張り切って朝7時すぎに出かけ、それを見送ったボクはテレビを見ながらゆっくり朝食をとっていました。今日は、試合の途中から応援に行けそうやなぁ、などとぼんやり考えていると・・・・・、

電話の音。ある予感を感じながら受話器を取ると、やはりご門徒さんの訃報でした。こういうときの予感は、けっこう当たるもんです。市内に住むM家のおばあちゃんでした。愛息たちが出かけた頃、7時すぎに亡くなったらしい。

年に一回、報恩講に出向いたときにしかお会いしなかったが、しっかりとしたおばあちゃんで、91歳だったとは思えない方でした。合掌。

役僧T氏に枕経を依頼し、明晩のお通夜、明後日の葬儀ということは~~、と段取りを考えつつ今日の月忌参りに出かけました。2件つとめて、さて試合場へ行こう、とクルマを出したとたんケイタイが鳴る。ひょっとして・・・・・?

やはり! 今度は津幡に住むN家のおばあちゃん。もう15~6年会ってないものの、よくしゃべるかわいらしいおばあちゃんでした。亡くなったのは8時すぎ、享年89歳だったとか。1時間ちがいの2歳ちがいかぁ、と思っている場合ではなく、日程どないしよ~~!! とあせりつつ津幡へ向かった。

やはり明晩、明後日をお望みのN家ご遺族。葬儀は時間をずらせてもお通夜は無理。ということで、山内(歴史的に当寺と深い関係にあるお寺)である内灘の源○寺のご住職(=通称コウちゃん)に明晩のN家のお通夜を依頼することになりました。

重なるときには重なるもんやなぁ、としみじみ思う。なぜか近年こういうパターンはあまりなかっただけにあせりました(苦笑)。明晩、明後日、しっかりつとめたいと思います。


にほんブログ村 哲学ブログへ


(~おしらせ~)左サイドバーのoptionに掲示板(BBS)を新設しました。ひとつひとつの記事へのコメント同様、当サイトをご覧になったご感想や、疑問、質問、気軽にごあいさつでも結構です。一言残していっていただければ幸いです。


煩悩”ご縁”図鑑(BBS)

| | コメント (8) | トラックバック (0)

歩く

Dsc00389 先日の旅行の後、2日後くらいに足腰が痛くなりました。というのも、よう歩きました! というより、日ごろ歩いてません(苦笑)!

たいがい、旅行というか、県外に行くとそれを実感しますね。東京は言うまでもなく駅の中だけでも相当歩くし、京都は歩いてなんぼの街ですしね。というのは、歩いて発見がある街の代表格が東京と京都なんですよ。両極端なイメージの両都市ですが、路地裏の楽しみという意味でおんなじくらい歩きがいあります。

そういう意味で、今回行った滋賀県長浜市は歩きがいある街でしたねぇ。昔ながらの商店街がちゃんと生きている、そこに生活があって、観光が融合している感じです。実は、独身時代にこの街に来て以来、今回で5度目なんですよ。相方(妻)と、そして愛息も一緒に来ました。相方には、今回「長浜、もう飽きた」と言われましたけどね(笑)。

金沢は、今どんどん路地裏の楽しみが失われています。大型商業施設誘致ばかりが目につきます。観光事業に力入れてるのはわかりますが、そこに市民の生活との融合が欠けているように見えます。

たとえば、新築の家に招待されたら、見たいのは応接間じゃなく、台所や居間、寝室、お風呂じゃないですか? 観光もおんなじですよ。人の暮らしを見たい、感じたいというは、好奇心ていうか、本能かもしれませんね。

歩いておもろい街づくり、それは老若男女が共生できる街だと思います。あなたの街はどうですか?

にほんブログ村 哲学ブログへ

| | コメント (3) | トラックバック (0)

3年4ヵ月、ひとつの形?

Dsc00433_1 先日の旅行で、法蔵館に行ってきました。法蔵館とは、仏教書専門書店で、本山の真向かいをちょっと東に入ったところにあります。仏教書、中でも真宗系の書物が中心なので、興味がおありの方はぜひどうぞ。左サイドバーのリンク(おススメサイト)からもご利用できますよ。ちなみに、ウチの前住職の新刊もここから出ました!

宣伝はこのへんにして(笑)、左上の写真をご覧くださぁい♪ ボクが毎日の月忌参りで拝読しているお経本です。左が3年4ヵ月前、つまり住職修習(住職に任命される式を受けたりします)で上山した帰りに購入したもので、右が先日の旅行で購入したものです。

読経中に指のあたるところの色や文字がすり減っているのはまだしも、中の折り目がズタズタに切れ、それを半紙を糊づけして修復して使ってきました。しかし、もう限界かな? と思い新しいものを求めたしだいです。

そのすり切れや破れを見て、ご苦労さまでしたと感謝するとともに、住職になっての3年4ヵ月を思い返しています。なんだかよくわからないうちに過ぎ去ったようでもありますが、その間にはたくさんのご縁があって、そのおかげさんで今日があるんだなぁ、と感慨にふけります。

この新しいお経本とのお付き合いがどれだけになるかはわかりませんが、気持ちも新たに、またたくさんのご縁と出会っていくことでしょう、きっと。これを読んでくださる方々とのご縁も、おかげさんで広がってきました。ありがとうございます。今後とも、どうかおよろしゅう。

にほんブログ村 哲学ブログへ

| | コメント (7) | トラックバック (0)

あるじいちゃんのおはなし

Dsc00343 昨日は二軒、今日は一軒のご法事をつとめました。今日は一軒、といってもその一軒には、なんと五十回忌、七回忌、三回忌がふたつの計4つの年忌!! ちなみに、昨日二軒でも年忌はひとつづつでした。

当寺本堂にて役僧T氏と、浄土三部経と正信偈を約一時間かけて読みました。声がカラカラです~(苦笑)。

その三回忌のうちひとつが、一昨年97歳で亡くなったN家のおじいちゃん。ボクが月忌参りしてて、いつもいろんなお話を聞かせていただいていた方でした。

このN家の二階へ上がっていくと六畳ほどのじいちゃんの部屋(兼仏間)があり、階段を上っていくと、いつもちょこんと小さな座机に向かうおじいちゃんの背中が見えたものです。

合気術(道ではないらしい)の達人だったというおじいちゃん。その部屋には、それ関係、整体術、あらゆる格闘技の本やビデオがところ狭しと並んでいた。さらに、小型テレビが好きで何台か所有し、その中でもあえて小さな年代物のポータブル白黒テレビを見ていました。さらに(笑)、お内仏(仏壇)のローソク立てを彫刻刀で削って自作したりと、多趣味なじいちゃんでした。

このじいちゃんとお話するときには、ひとつの法則(?)があるんです。じいちゃんの言う「むかし~」は、昭和初期くらいのコト、「このあいだ~」は、終戦~昭和30年ごろまでの話なんですね。それを理解するまでは、半年ほどかかりましたよ(苦笑)。

亡くなる2年ほど前のこと。じいちゃんの姿がないので、家の人に聞くと、心筋梗塞と肺炎で入院したという。お歳がお歳だけに、大丈夫かな?と心配しました。なんの音沙汰もないまま一か月が経ち、いつものようにN家の階段を上っていくと、そこにはいつもどうりのじいちゃんの姿がありました。

びっくりしたボクは、「じいちゃん、もう退院したんですか!?」と聞くと、「おぉ、医者には70代の体やて言われたわい。ははははは!」と笑う。さらに、安心するやらあきれるやらのボクに「あと5年で100歳やしな。ははははは!」と、また笑う。ボクも「じいちゃん、やる気まんまんですやん(笑)!」といっしょに笑いました。いや、参りました! 降参ですわ(笑)! 

決して、ご法事に差をつけることはありません。しかしボクも人間、馴染み深い方のご法事で感慨にふけるコトくらいはあるんですよ(照笑)。

むかしから「病は気から」といいます。毎日、多くのお年寄りと接してて思うのは、まさにこれですね。「わしゃ、もうだめや」とおっしゃる60代の方より、「あと5年で100歳やしな。ははははは!」という95歳の方が元気なんです。

画像の「生かされてこそ 生きているのだ」は、ボクの母校・大谷専修学院の元院長、故信国淳先生の言葉です。生かされてある命、精一杯生ききるコトが願われてある。それが阿弥陀の本願なんですね、きっと。

| | コメント (3) | トラックバック (1)

お墓のおはなし

Dsc00332今日、月忌のお参りに伺ったお宅にて。

そこのおじいちゃんの妹さんという方が一緒にお参りされていました。読経後、お茶をいただきながらの話。

いわゆる熟年離婚され、現在はおひとりで暮らしておられるとか。65歳という年齢から、自分にもしも? のときに入れるお墓を心配されておられるようで、当寺の「総合墓・倶会一処」(左上写真)のことを詳しく知りたいと言われるので、ご説明しました。

このお宅のおじいちゃん、つまりこの方のお兄さんは、自分の妹であり両親も入っているこの家のお墓(当寺にあり)に入ってはどうかと思っているものの、一度家を出た者がその家の墓に入るものではない、と言う人もいるとかではっきり言えないでいるんですね。

ボクは、それが悪いことという方の根拠がわからず、それはお宅のご家族の総意でお決めになられことですよとお勧めしました。ただ、妹さんも後ろめたさのようなものがあるのかはわかりませんが、総合墓への入墓をご希望されていましたので、どちらのしても納得のいくまでご家族で話し合われて、わからないことがあれば、なんでもお聞きいただき、総合墓にいつでも見学にご来寺くださいと告げてきました。

そもそも、庶民のお墓というのは、その在所(村)に大きな総合墓があり、血縁があろうがなかろうがみんなそこに入ってたですね。○○家の墓というのは、武士や貴族等の特権階級のみだったわけです。それが江戸中期くらいから、一般でもマネするようになったと思われます。

歴史学者でもあるウチの前住職の構想で、建立された「総合墓・倶会一処」は、そんな歴史から、「血縁を超えて、阿弥陀さんをご縁として」をコンセプトにどなたでも入れるお墓として当寺墓地入り口に建立されました。いわゆる無縁墓とは違いますよ。疑問、質問、お問い合わせはお気軽に「コメント」欄、もしくはメールでどうぞ。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

やや虚脱ぎみ?

Dsc00352お寺の旅行が終わって・・・・・、気力が萎えてます(苦笑)。

ボクが住職になって初めての試みだったので、気合入れすぎ? ブログと写真をアップしたまではよかったが、そのあとは達成感で虚脱してます。

愛息(7)は、元気いっぱい! 一年生の小さな体を一寸たりとも休めずに遊び、野球の練習に行ってます♪ 

旅行ではよく歩いたためか、今ごろ筋肉痛が・・・・・、なんてこと言ってないで、さぁて、ぼちぼち次の寺報づくりを始めよう!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

お寺の旅行・ただいま編

Dsc00381 この土日と、旅行へ行ってきました善福寺28人衆。10日(土)朝に金沢を出て、滋賀県長浜市へ。真宗大谷派長浜別院大通寺に到着したのは正午ごろでしたが、まず参拝。ガイド役の地元ボランティアの大谷さん(88)が山門前で笑顔で我々を出迎えてくださいました。国宝級の寺院内を1時間にわたって詳しくご案内していただきありがとうございました。

ボク個人的には4度目となる長浜市は、この大通寺を中心に昔ながらの街並み、商店街が生きていて、来る度に大型商業施設誘致に躍起になってる金沢との差を痛感します。町並みをただ残すだけでなく、そこに市民の生活がちゃんとあっての街づくりなんですよね。

週末と大河ドラマの影響もあって、多くの観光客でにぎわう商店街をそれぞれが自由に散策しました。

京都では、三条川端東の旅館に投宿し、一服後に懇親会。生まれ育った京都の空気を吸うと生き返るボク(笑)。女性が多いこともあって、お酒はあまり出なかったものの、のんびりとした一夜を過ごしました。

翌日は、2011年に親鸞聖人750回御遠忌を迎えるためご修復中の本山へ。ボクの元の職場であり、正式には真宗本廟という東本願寺。週末とあって多くの参拝客(納骨や帰敬式など)とともに参拝し、28名の内13名が帰敬式(おかみそり)を受式しました。あらたなる仏弟子の誕生を皆でお祝いしました。本当におめでとうございます!

他宗派で言うところの戒名(戒律の名)と違い、真宗の法名は「釋(尼)○○」というお釈(釋)迦さんの弟子になるという名乗りです。年齢に関係なく、生きてあるうちにその名乗りをすることが真宗門徒の証なんですね。

表小書院でお斉(昼食)をいただき、御影堂のご修復現場視察へ。今回の案内をしてくれた参拝接待所職員は、我々と同じ金沢教区第8組の寺院子弟の西方くん。まだ2年目ながら一生懸命案内していただきました。ありがとう!

ジャンボジェットが1台のっかてるのとおなじ重量を支え続ける御影堂。世界最大の木造建築のご修復現場を見て驚嘆。あれだけの大きな材木を緻密に人力で組み合わせた技法に、先達のすごさ、人間のすごさ、信心の深さを痛感させられました。

今回は、足の悪い方、ご高齢の方もおられましたが、皆しっかりと全日程を消化されました。不慣れな添乗員たち(ボク、坊守、役僧T氏)としては感謝に耐えません。おかげさんで帰りのバスの中では心地よい疲労の中、ビール、焼酎を酌み交わし無事に金沢に帰ってきました。

今回の旅の写真集を右サイドバーに掲示しましたので、クリックしてご覧ください。多くのご縁がそこにはありますよ。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

お寺の旅行・ひさびさ編

Dsc00374 今夜は百万石まつりの前夜祭(?)の灯篭流しがあり、愛息とともに寺の裏の浅野川へ行ってきました。ローソクを灯した大小の灯篭が流れていく様に、「夏も近いなぁ・・・、って、寒っ!!」という感じでした(笑)。

一向一揆によって、百年もの間「百姓の持ちたる国」だった加賀。それを滅ぼした信長の名代として進駐してきたのが前田利家。その入城を祭るのが百万石まつり。ん~む、例えるなら、利家はマッカーサー? ちょっと違うかな? まぁ、そういう歴史的背景を知った上で祭るのならいいんですケドね(苦笑)。

Photo_1 で、本題! 明日~明後日は、ひさびさの善福寺の旅行です。明日は、滋賀県長浜市と長浜別院大通寺(写真左)の散策し京都で一泊。明後日は、本山で門徒さんのおかみそり(帰敬式受式)とご修復現場視察です。

ボクが住職になって、初めての旅行。添乗員も初めての経験です(笑)。がんばって行ってきまーす♪

| | コメント (4) | トラックバック (0)

大喰らい飯

Photo 食べるコトが好きです(笑)♪ お昼のパスタなんかは通常、お店で出される倍の量を食べると相方(世間で言う妻)に言われてます。

さらに、料理番組が好きです♪ 料理を作る番組も好きですが、その技を競ったり、ご当地料理を紹介する番組がいいですね。好きなレポーターは、愛息も大好きな石ちゃんコト石塚英彦! 「まいう~」でおなじみのあの笑顔がいいですね~。

好きな番組は「どっちの料理ショー」! 関口宏と三宅裕二の陣営に分かれて違うメニューで対決するのを、「あぁ~、こっちもええなぁ。いや、やっぱしこっちやな!」などと言いながら見ています。

つくづくこの国は平和だなぁ、と思う反面、食べ物って奥が深いもんやなぁと思うんですよ。その食材ひとつひとつには、それを作る方々のコダワリと戦いがある。そして、その土地ならではの歴史と深く関わっているというコトです。

「いただきます!」の主語は? ご法事の席でそう聞くと「えっ!?」と言う方が多いですが、「命」ですよー!! スーパーでパックされ、調理されお皿の上にのって出てくるとなかなかそうは思えないですよね。でも、みな命あったものを「殺して、食べやすくしていただいて」、その代償をお金で支払っているだけなんですよね。

だからこそ、作り手には安全で愛情もって提供してほしいし、手がかかっても残すべき食文化は残してほしいです。コスト重視、利益優先の外食産業が、そういった食文化を潰していくコトに疑問を持っていたいですね。

日曜の夜に「鉄腕DASH」という番組があって、TOKIOというジャニーズのアイドルたちが農村を再生してくコーナーがあるんですよ。むかしながらの手法で家を建て、田畑を耕し、その過程で先人の知恵や合理性に「なるほど」と感心させられます。それにTOKIOのメンバーたちが真摯に取り組み、また作り上げた農産物に感動する姿が好感もてるんですよね。

民放の番組は、野球中継か映画くらいしか見ないウチの母も「ええ番組やね」と思わず言いました(笑)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ボクの一日

お坊さんて、一日中お寺にいる、そう思ってる方って多いんですね。Dsc00329 ちなみに、ボクの一日(平日)は、

7:00起床~愛息とおつとめ~朝食~愛息送り出し~御堂で役僧T氏とおつとめ。

9:00月忌参り~お昼帰寺~昼食。

午後、月忌参りがある日とない日がある。ない日はパソコンの前にいたり(事務)、お昼寝したり、愛息と遊んだり。

土日祝は、たいがいご法事でお寺にいないことが多いです。

ですので、住職にご用の際はご面倒でも事前にご一報ください。せっかくお越しになるのに、お会いできないと残念です。

遠方のご門徒さんや、まだご来寺されたことない方々に、ネット上でご参拝していただけるよう、「善福寺ネット参拝」ページを新設しました。左サイドバーのボクの写真の下にありますので、クリックしてみてくださいね。およろしゅう♪

| | コメント (2) | トラックバック (0)

お話の兼ね合い

Dsc00232 昨日は、午後にご法事、夜はお通夜をつとめました。どちらもお話をするのですが、そのときどきによってさまざな反応があります。ボクの場合、法話とかお説教とかではなく「感話」と言ってます。ボクが日常から感じた話をし、聞いてくださる方々がそこから何かを感じていただけたらなぁ、という思いなんですね。

ご法事の場合は、身近な話題や知識欲をそそる話題を中心にしています。たとえば季節感の話や、お焼香の作法の話。そして、そこに少しの「笑い」を混ぜるようにしています。むろん、ボクの思ったところで笑ってもらえず寒い思いもよくしますが(笑)。昨日のご法事はお参りの方々も多く、そこそこ笑っていただけてホっとしました。

そして夜、御通夜での感話。こちらに「笑」はもっての他。なんのために御通夜におまいりするのか? 亡き方は、亡くなった時点で仏に成られている、つまり成仏していること。そこへ、語源に尋ねるという意味がある「お弔い」に来る。仏とは「教えを説く存在」であり、その教えを尋ねるために亡き方をご縁とするということだとお話してきました。

仏の教えとは、我々がまだしていない「死」という尊い経験を身をもって教えてくださってあるということ。一寸先は闇、その闇には無数のご縁が待っている。そのご縁の中には、「わが身の死」というご縁もあるかもしれない。だからこそ、生かされてある「今」を精一杯生き切ってくださいという仏の願い(=本願)と教えをいただいて帰るのが御通夜の大事な意味ですよ、と。

人は必ず死ぬ、わかってはいるが、日常「まぁ、まだ5年や10年くらいは大丈夫やわい」と、なぁんの保障もないのに楽観している我々に亡き方が仏と成って、「そうではない」と気づかさせてくださる、御通夜もご法事もそんなご縁だと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

季節感

Dsc00253 天候不順が続きますね~。4月~5月と雨は多いわ、なんやら肌寒いはで風邪ひきさんが多いようですので気をつけてくださいね。

今日の夕方、といっても夜の7時ごろ月忌参りに向かうとき、ようやく夏っぽい夕焼けがみられました。左上の写真は、信号待ちのクルマの中からケイタイで撮影したものです。日が長くなったなぁとしみじみ見ていました。

基本的に夏は嫌いなボクです(苦笑)。涼しいのはありがたい、などとは言ってられない。お参りに行く農家の方々は、「日照時間が少なくて、野菜もんも果物も太らんで困る」とおっしゃるんですよ。実際、スーパーに行っても野菜、果物の値にそれが反映されてるらしく、のんきなこと言うてる場合やないですね。

自然だけは、人の思い通りにはならない、とは言っても人が、とくにボクら先進国が排出する大量の熱が温暖化の原因なのは自明のこと。人が好き勝手にふるまってたら、地球も「わしも勝手にさせてもらうわ」と天候不順や自然災害を起こしてるのかもしれませんね。

すべての命が生きる大地、人だけのものではない。クルマで10分以内のところへは歩いていく等、できることから考えて始めていきましょう。こんなことしてます、なんていうコメントお待ちしてます!

| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2006年5月 | トップページ | 2006年7月 »